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ふりーはーとメールマガジン ==================================2003/04/20

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[ふりーはーとのメッセージ]

● 小説「*OPの初めての客」   

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 四月中旬にしては暑い日が続くと思ってゐたら,案の定,夕方から雨になった。
 午後遅くになって雨の日は,客は来ない。来ても雨宿りか…。
 さう言へばあの日も雨だったなとマスターは,独り頷いてゐた。

 一年保(も)てばなんとかなると,この店を始めたのは去年の四月である。
 ジャズの聴ける店を持つのが若い頃からの「夢」であった。
 ある程度,自分が歳を喰わないと恰好にならないと云ふおもいがあって先延ばしにしてゐたが,四十代後半になった今,不足はあるまい。
 この店のことを妻に相談したら,あっけなく諾とのことであった。
 経費を切り詰めて維持費だけをなんとか賄えれば儲けはなくともやって行けると逆算をした。ショットバーの形式にする。単価は極力抑える。一日,平均一人の客があれば,なんとかやりくりのつく計算である。いくら何でも一人位はと思ったが,保証はない。
 知り合いを頼んで「開店祝」を賑やかにすることも出来たが,それはマスターの性に合はない。花輪を送ろうと云ふ者もあったが丁重にお断りした。
 よりによって,開店の日に雨に降られなくても,昼間が莫迦陽気だったばっかり恨めしく思へた。
 調整してゐたときには,そこそこと思ってゐた肝心のスピーカーの鳴り方も心なしか湿りがちである。
 ロリンズのサキコロ(ソニーロリンズのサキソフォンコロッサス)でもかけてみるか。勢い良くA面一曲目のセイントトーマスが店内に流れ出した。それにしてもなんと自信に溢れた太く響くサックスであることか。マスターのお気に入りの一枚である。客はゐない。俺の店だ。何,憚(はばか)ることはあるまい。音を大きくした。

 目を閉じると,幼年時代を過ごした山陰の山中の風景が浮かんできた。祖父に連れられ歩いた山々である。自然に抱かれてのんびりと育てられた。この頃の環境が今でも自分の性格や物事の判断の基準を培ってゐるなとマスターは時折感じてゐる。

 ついドアの方を見遣ってしまふが,客の訪れる気配はない。
 一度ドアがバタンと音をたてたが,だうも風に押されただけのやうであった。
 ドアが小さく開いた。閉まる。また,風か。
 いや,人の気配がある。中をうかがってゐるのか。
 迎えに出ると云ふのもいかがなものか。
 意を決した客が入って来た。一人である。
 「ありがとうございます。あなたが,当店開店第一号のお客さんです。」と喉まで出かけたが,いくらなんでもこれでは変だ。言葉を呑み込んで,平然を装って「何にしましょう。」と訊いたが声が少し裏返ってなかったか気になった。

 「ウィスキー,ダブルで。」と客。
 「バーボンでよろしいでしょうか,ロックで。」声に抑揚をつけてマスター。
 黙って頷く客。
 ダブルをどう解したものか。連れがすぐ来るので二杯の注文をしたのか。いや,ワンフィンガー,ツーフィンガーのあれだ,きっと。ダブルだからツーだ。メジャーカップを持つ指が震えてゐるのが自分で判った。
 
 客は,マイルス(デイヴィス)がジャズシーンにおいて如何に偉大であったかをとうとうとしゃべった。
 マスターは当地の駅前の雑居ビルに「モンク」と云うジャズ喫茶があったこと,ここへ学生時代に通ったのが自分のジャズ体験であることなどを喋った。
 一時間ほどゐて,男は「S藤です」と言い残して雨の中を帰って行った。
 この商売悪くないなとマスターは思った。と同時になんとかやって行けそうだとも思ってゐた。

参考:村松友視著「ベーシーの客」(マガジンハウス刊)
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後記:
○お知らせ
歯にしみとおる」,「三杯目」などで紹介させていただいた焼き鳥の「T新」が休業中である。先週木曜日に久々,取材(?)に行ったら閉まってゐた。*OPのマスターに訊いたら小火(ぼや)を出して以来,やっていない由。T新おやじの奮起再開を熱望する。


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