ふりーはーとメールマガジン ================================== 2001/09/30
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[ふりーはーとのメッセージ]

● 写楽の一枚(後編)

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 いま一枚は,「二世板東三津五郎の石井源蔵」である。
 (画像は,
http://www.pluto.dti.ne.jp/~wada/syaraw.jpg
 である(添付ファイルにすると重いと嫌がられるむきもあろうかと,あえて添付しませんのでおそれいりますが,各自でご覧ください。)。)

 あまり馴染みがないかもしれぬが,この一枚について書く。

----------------承前----------------

 くだんの一枚であるが,写楽の中ではデッサンがしっかりしているし,なかなか素敵と思っていたのだが,実は,これから殺(あや)められる悲壮な斬り合い直前の演技状況と知って,少し怯(ひる)んだ。
 抜き身の刀が画面左下を斜めに大きく横切っている。
 襷あやなす三津五郎の源蔵。
 緊張感が漂う。
 右目だけを中央に寄せている(歌舞伎役者は,目玉の位置を左右別々に自由に操ることができるのだ。訓練の成果とは言え常人の技ではない。)。
 背景は雲母(きら)摺りで潰してあり人物だけが浮き上がって見える。
 白装束には「から摺り」という技法が使ってある。
 絵の具を使わず,版木に馬連で紙を強く押し当てて無色の凹凸を摺り込む(今で言うエンボス加工だ。)という凝ったものだ。
 凹凸の感じは,パソコン画面でも,なんとかわかって頂けると思う。
 画像が見られない方には申し訳ないが,向かって左が,小生所有の復刻版。
 同じく右が,講談社文庫「浮世絵鑑賞事典」高橋克彦著から取り込んだ,こちらも復刻である。
 版元は,左が悠々堂,右がアダチ版画研究所である。
 左右見比べてて間違い探しをしていただきたい。

 そうなのだ,歌舞伎独特の化粧法である紅隈(ようするに紅いアイシャドウです。)が左の絵にはないが,右にはあるのだ。
 復刻版同士を比べて議論する内容ではもちろんない。
 しかし気にはなる。
 そこで,悠々堂の長谷川さんに文庫本持参で聞いてみたのだが,釈然とした説明は得られなかった。
 版画故,色変わりの異版は存在する。
 当時から人気の浮世絵で版が重ねられたものの中には,版木を彫り直したり,版木を修理したのもある。
 しかしながら,人物の顔で最も主要な表現をなす目の隈取りの有無で,はたして異版が存在するものであろうか。

 オリジナル版(蔦重版とでも申せばいいのか。)に当たってみる必要がある。
 小生,少しだが蔦重版(とされているもの)を直(じか)に拝ませて頂いたが,残念ながらこの三津五郎の源蔵は未だである。
 この三津五郎の源蔵は9枚が残存すると言われている。
 写楽絵最多保有(87枚)のボストン美術館に,1枚。
 東京国立博物館,シカゴ美術館,メトロポリタン美術館,ギメ東洋美術館,大英博物館,ブリュッセル王立美術館,奈良県立美術館にそれぞれ1枚,個人蔵1枚である。
 小生の手元にある雑誌などの原版はどれも同一種類のもので,多分,東京国立博物館のを撮影したものと思われる。

 これに紅隈はないのだ。

 悠々堂版が,これを手本に復刻したのはわかった,髪のほつれに至るまで,克明に再現している。
 アダチさんは三津五郎の源蔵(蔦重版)の所有者ではない。
 アダチ版と同じように紅隈のある三津五郎の源蔵(蔦重版)が残りの8枚のうちににあるのだろうか。
 それとも,これはアダチ版画研究所の絵師(?)による創作なのだろうか。

 アダチ版画研究所に直接,おたずねすれば良いようなものだが,ここまでくれば,世界を巡り一枚ずつ,つぶさに確認せずばなるまいて。


参考図書等:順不同
1 東洲しゃらくさし 松井今朝子著 PHP文庫 PHP研究所
2 浮世絵博覧会 高橋克彦著 角川文庫 角川書店
3 浮世絵鑑賞事典 高橋克彦著 講談社文庫 講談社
4 太陽浮世絵シリーズ「写楽」1975年冬 太陽シリーズ 平凡社
5 別冊太陽日本のこころ89「蔦屋重三郎の仕事」 平凡社
6 浮世絵の極み春画 林美一著 とんぼの本 新潮社
7 写楽よみがえる素顔 定村忠士著 読売新聞社
8 三人写楽謎錦絵(あやしのにしきえ)−江戸学が捉えた写楽−小山観翁著 旺文社
9 写楽は歌麿である 土淵正一郎著 新人物往来社
10 写楽は十八歳だった! 中右 瑛著 里文出版
11 「東洲斎写楽はもういない」 明石散人+佐々木幹雄著 講談社
12 写楽仮名(かめい)の悲劇 梅原 猛著 新潮社
13 写楽百面相 泡坂妻夫著 新潮社
14 偽小説 東洲斎写楽 磯田啓二著 三一書房
15 歌川家の伝承が明かす「写楽の実像」を六代・豊国が検証した 六代歌川豊国著 二見書房
16 東洲斎写楽 渡辺 保著 講談社文庫 講談社
17 江戸枕絵の謎 林 美一著 河出文庫 河出書房新社
18 歌麿の世界 井上ひさし他著 講談社文庫 講談社
19 写楽まぼろし 杉本章子 文春文庫 文藝春秋社
20 写楽殺人事件 高橋克彦著 講談社文庫 講談社
21 浮世絵ミステリーゾーン 高橋克彦著 講談社文庫 講談社
22 喜多川歌麿女絵草子 藤沢周平著 文春文庫 文藝春秋社
23 春信殺人事件 高橋克彦著 カッパ・ノベルス 光文社
24 歌麿殺贋事件 高橋克彦著 講談社ノベルズ 講談社
25 芸術新潮 1989年 三月号 特集 北斎
26 北斎殺人事件 高橋克彦著 講談社
27 広重殺人事件 高橋克彦著 講談社
28 江戸のニューメディア 浮世絵情報と広告と遊び 高橋克彦著 角川書店
29 写楽道行 フランキー堺著   **文庫(手元にないので不明)
30 写楽(95年2月映画原作)皆川博子著 角川書店
31 浮世絵 江戸のエンターテイメント 安村敏信監修 CDROM シンフォレスト
32 浮世絵 その秘められた一面 高橋 鐵著 河出文庫 河出書房新社
33 歌麿 福山市立福山城博物館 1991年4月 展示図録
34 ポーランドの<NIPPON>展 1990年 西武(池袋)展示図録
35 ゴッホが愛した浮世絵 美しきニッポンの夢 NHK取材班 日本放送出版協会
36 東洲斎写楽細判展 開館十周年 リッカー美術館 1981年 展示図録
37 葛飾北斎展 津和野・葛飾北斎美術館建設記念 1990年 福山城美術館 展示図録
38 パリ国立図書館蔵 海を渡った浮世絵展 1990年 広島県立美術館 展示図録
39 雑誌「目の眼」1994年9月号 特集 写楽200年 里文出版
40 雑誌「歴史街道」1994年8月号 特集 「写楽の正体」 PHP研究所
41 浮世絵の鑑賞基礎知識 小林 忠・大久保純一共著 至文堂
42 木版画に親しむ NHK趣味百科 日本放送出版協会
43 太陽浮世絵シリーズ「北斎」1975年夏 太陽シリーズ 平凡社
44 太陽浮世絵シリーズ「歌麿」1975年春 太陽シリーズ 平凡社
45 太陽浮世絵シリーズ「広重」1975年秋 太陽シリーズ 平凡社
46 新潮日本美術文庫「東洲斎写楽」 新潮社
47 北斎の罪 高橋克彦著 講談社文庫 講談社
48 HOKUSAI 西澤裕子著 文藝春秋社

 浮世絵関連本が比較的同じ場所に埋もれていたので虫干しに並べてみた。我ながらこの数に驚いている。展示図録は,比較的貴重です。ホンモノをこの眼で拝んだ数少ない記録ですから(残念ながらリッカー美術館の図録は展示が終わってから求めたものです。)。松江市のティファニー展示館でも浮世絵展をしており一枚写楽があったが受付嬢に図録を所望したが,作っていなかった。たかだか140数種の絵柄である。現存する枚数(500枚ほどだから,一枚きりの貴重品もある。),その所在(美術・博物館名,個人所有者)もほとんどがわかっており,そのデータベースを自分用に試作していたが不注意から所在不明になっている。
 1の「東洲しゃらくさし」松井今朝子著 PHP文庫を最近本屋で見つけて読んだ。内容は,小説とは言え歌舞伎の専門家らしい確かなもので興味深かったが,文庫のカバー絵が「三津五郎の源蔵」でアダチ版が元になっているようである。気になり,つい長々と書いてしまった。
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後記:今回は,イメージ取込みが必須であった。デジカメなら簡単なのだが,スキャナで取込んで大きさと雰囲気をあわせるために少し苦労し手間取り,分割配信とさせて頂いた。片や復刻とは言え版画そのもの20.5×31cm(オリジナルは大判25×38cm位だから,残念ながら間判(あいばん)に縮めてある。),もう一方は文庫本サイズに印刷された9×13cm(鑑賞事典から)である。面倒でも画像をダウンロードしたうえで,お読みいただければ幸甚である。浮世絵は元々,手にとって鑑賞することを意図して作られている。額に入れて部屋に架けるものではない。ここまで書いたところで,急遽,出張がが入り,25,26日と東京で過ごした。僅か時間が空いたので,上野の東京国立博物館に出かけた。残念ながら,写楽は「三世沢村宗十郎の大伴黒主」が一点展示されているのみであった。収穫は小生の持っている「三津五郎の源蔵」の図録の原版は,すべて東京国立博物館蔵のものであることが判明したことだ。同博物館の売店で求めた新潮日本美術文庫「東洲斎写楽」に出典が記載されていた。     ワダ

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