←8/16  8月17日(ザルツブルク)

MOZARTを生んだ街

ついに!ついにザルツブルクに行ける!!

第5日目はドイツから国境を越えてオーストリア入りする。目的地はザルツブルク。モーツァルト生誕の地だ。モーツァルトは ザルツブルクで生まれ、この地で才能を開花させた。ザルツァッハ河が流れ、ホーエンザルツブルク城がそびえ立つ美しい街だけど、 モーツァルトはこの街をとても嫌っていた。

国境を越えるのは簡単だった。EUに統合されてからヨーロッパはパスポートなしで行き来できる。 ただし、通貨は国によって違うので国境で両替だけ行う。高速を走り、見えてきたザルツブルク。実はこの日、私は朝からそわそわしていた。 別に腹の具合が悪いわけではない(笑)。憧れのザルツブルクについに降り立つことができるからだ!

モーツァルトの父レオポルドと妻コンスタンツェの眠る聖セバスチャン教会を見ながら旧市街の方にバスは走る。なんとなく懐かしさが漂う街。 そしてモーツァルトが大嫌いだった街。。。


ミラベル庭園

サウンドオブミュージックでもお馴染みのザルツブルク。中央上部に見えるのが 「ホーエンザルツブルク城」。


バスを降りて、まず最初に行ったのは「ミラベル庭園」。映画「サウンドオブミュージック」のファンならよくご存じの 庭園だ。ガイドの説明そっちのけで、私は噴水の向こうに見えるホーエンサルツブルク城を見上げ、しばし絶句した。



シュターツ橋からのぞむザルツブルク城

流れる河はザルツァッハ。ザルツとは「塩」、ブルクとは「城」のこと。ここザルツブルクは 塩の交易で栄えた街。塩は高価だったため街は潤い、ローマから直接大司教が派遣され、この地を 統治した。

シュターツ橋をわたって旧市街に向かう。実はザルツブルクは音楽祭の真っ最中。たくさんの観光客が 橋を渡る。その脇を犬を連れたモヒカンが歩いていく。スーパーモデルのような二人がタクシーから降りる。 私の頭の中で、ジュピターの終楽章が鳴り続けている。

旧市街の家並みのトンネルにさしかかったとき、私の心臓は停止するところだった!夢にまで見た、あの黄色い 家が視界に飛び込んできたのだ。それは、そう、モーツァルトの生家だった。


モーツァルトの生家は観光客でごった返していた。モーツァルトが晩年使用したピアノ。モーツァルトの直筆譜。 それよりもなによりも、この家の雰囲気と窓から見える通りの印象。この家で、モーツァルトは生まれたのだ。少しの間、 窓から外を眺めて、その景色を脳味噌に焼き付けてきました(^^)。

この家で、モーツァルトは誰からも教えられずに4歳でバイオリンを弾いたり、和音遊びをしたり、姉ナンネルの弾く ピアノを耳で聞いてたちまち弾きこなしたりしたのだ。この家で5歳のときに書いたメヌエットは、彼が最晩年に書いた オペラ「魔笛」のパパゲーノとパパゲーナのデュエットにそっくりだ。モーツァルト自身はそう思いたくないかもしれないが、彼の音楽は このザルツブルク、そしてこの家なくしては生まれ得なかったものに違いない。。。

モーツァルトの生家




モーツァルト住家
モーツァルトの生家を出てから、私のあたまは魔笛やフィガロやコシファントゥッテの音楽に 切り替わった。大聖堂や祝祭劇場を観光し、レジデンツ広場に立ち寄ってから旧市街を抜けてホテルに 向かう。

残念なことがひとつあった。実はちょうどこの日、「フィガロの結婚」が祝祭劇場で公演されることになっていた。 ザルツブルク音楽祭は1年前からチケットの予約が始まるため、私たちの旅行が決まったときにはすでに売り切れ状態。

しかし、キャンセルが出る可能性にかけて添乗員を通して探してみた。すると、あったのだ、キャンセルが!! だが・・・。チケットは4500シリング(約5万円)。タキシードの席がただ1席。。。私はタキシードを持ってきて いない(スーツは持ってきていたが)。涙をのんで断念し、いつの日か必ずこの地でオペラで見ることを 心に誓った。



フィガロを断念した変わりに、明日の夜、ザルツブルク城のコンサートに行くことにした。旧市街から歩いて15分ほどのところに あるホテルに泊まる。歩く道はなんとなく一度来たことがあるような道。そして頭の中は、またジュピターの終楽章が鳴り響いている。

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