うっちいの音楽箱!特別企画『もっと!MOZART』

彼をとりまく人々〜

その他の人々


マリア・アンナ・テークラ・モーツァルト
モーツァルトの2歳年下の従妹である。モーツァルトは21歳のときに彼女と知り合うが、二人はすぐに意気投合する。 この従妹(モーツァルトはベースレ”従妹”ちゃん、と呼んでいた)との手紙のやり取りが、とても面白いのである。 例えば、あるときに手紙はこうである。

「夢中で手紙を書いていると、通りで何か聞こえる。窓のそばに行くともう聞こえない。 机に戻って手紙を書き始めると、また聞こえる。また立ち上がる、するとなんだか臭いがする。 窓のそばにいくとにおいは消える。部屋の方を向くと、においは強くなる。お母さんが、
「お前、きっとやったね?」「ちがうよ。」「いや、やったよ!」
ためしにお尻のところに人差し指をやって、鼻に近づける。すると、、、母の言うとおりでした。」

ヨーゼフ2世
マリア・テレジアの息子、ヨーゼフ2世は、フリーメイスンの項でも書いたが、啓蒙専制君主として数々の改革を断行した。 モーツァルトはこの皇帝に好意を持っていたが、それは皇帝の性格や政策以外に、皇帝がコロレド大司教を嫌っていた、という理由もあるらしい。 ヨーゼフ2世は、モーツァルトの傑作オペラ「コシ・ファン・トゥッテ」完成の頃にこの世を去る。
プフベルク
モーツァルトの借金生活最後の頼みの綱である(笑)。 フリーメイスンの盟友、ミヒャエル・プフベルクはモーツァルトに金を貸し続け、総額は4〜500万円になったと言われるが、 モーツァルトは彼に金を返した形跡がない。モーツァルトはウィーン時代、最初ははぶりがよく、年間何千万円と稼いでいたが晩年には借金がたまり、 貧困の中に没した。プフベルクは、そんなモーツァルトからの借金の申し込みに応じた。おそらく、もう帰ってこない金として、モーツァルトに貸していたのである。
その他
そのほかにも、モーツァルトの周りにはヴァン・スヴィーテン男爵やグリム男爵、ダ・ポンテその他、たくさんの重要な人物がいた。 現在の所、手元にいい文献がないので、そのうちアップしようと思います(^^)!

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