思い出

幼稚園の年長組は階段を昇って2階にあった。
年長組に入ってすぐ、先生のお話があった。俺は、今でもそうだけれど、 よくトリップしてぼーっとしていることがある。そのときもトリップして しまい、先生の話など聴いていなかったのだが突然先生が、
「みんな、内田等君を見てごらん!」
という。
「先生の話を静かに、おりこうに聴いてるよ!」

俺はこの先生と結婚しようと思った。


絵を描く時間だった。
隣の組の生徒がやってきて「牛乳石鹸よい石鹸」と歌いながらおどけている。
それを見て笑っていると、向こうの方で先生が怒っている。 結婚しようと思った先生とは別の先生だ。
怒られているのは喧嘩のつよかったRとその友達のYだ。

「山はそんな色してるの?二人ともベランダでもう一度見てきなさい! 何色をしているのか、わかるまで立ってなさい!」

二人は泣きそうな顔でベランダに出ていく。俺はその絵をこっそり見に行った。 二つの山が描いてあるが、どうやら幼稚園から見える那須連峰だ。色は空が水色、 山は藍色だ。

しまった、俺もこの色を使っているぞ!

「みんな、山には木がいっぱい生えているから緑色をしているんだよね」 と先生が言っている。俺はいそいで自分の山を緑色に塗り替えた。

帰りがけ、バスの中から見る那須連峰は、曇り空の下で藍色の姿を横たえていた。


年長組の思い出は鮮明だ。
その日の天気や肌で感じる湿度、温度、教室の中のざわめき、いろんな音。 ライバルができたのもこの年だ。一人は通い始めたばかりのオルガン教室 にいた、ピアノの上手な女の子。もう一人は入院で休みがちの友達。

その休みがちな友達Tは、いろいろなことを知っていた。傘を俺に見せて いきなり落としてみせる。
「なぜ傘が落ちるか知ってる?」
「手を離したから。」
「手を離すとなぜ傘は落ちるの?」
「?」
「それはね、”引力”があるからなんだよ!」

Tは物知りだった。入院しているときに本で得た知識だという。俺も本が大好きだったが その全部が童話や絵本だ。しかも「おやゆび姫」を読んでもらわないと夜、眠る ことが出来ないときている。

Tはいろんなことを教えてくれた。俺はTの話を聞いているのが好きだった。 ただTは、あまり外で遊ぼうとはしなかった。
卒園のとき、アルバムをもらった。最後のページに「おおきくなったらなにになる?」 と書かれたページがある。俺はTからの影響を受け、なにか学術的な仕事を する人になりたいと漠然と思っていた。
「ロボットをつくるひと」
俺はそう書いた。かなり、満足だ。ほかの友達はろくなことを書いていない(と当時は思った)。 しかし、Tの欄を見て愕然とした。

「科学者」

そこには丁寧な漢字が三つ、静かに並んでいた。


・・・小学校3年のとき、別の小学校に入ったTに、街のプールで偶然出会った。 にこやかに笑うTは浮き袋の中に入っていた。すでに泳げるようになっていた 俺は、そのとき、自分の内部からものすごい勢いで勝利感が立ち上っていくのを 感じた。


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