第一分水

私の実家のそばには、日本最大級の灌漑である「那須疎水」の第一分水が流れています。 日本三大疎水の一つです。こんな灌漑施設が地元にあるなんて感慨深いものがあると考います(←ボツ削除せよ)。 最大級と言っても、川幅2Mくらいのいわゆる「農業用水路」です。今はセメントで 固め、柵が張られていますが、かつては「小川」のような用水路でした。

私の小学低学年時代は、この用水路とともにあったといっても過言ではないのです。


私の通った小学校は、歩いて約20分のところにありました。
家を出て林を抜け、坂を登るとそこに第一分水が流れています。途中までその分水を 遡って歩き、田舎のたんぼ道をのんびり歩いて通ったものです。 分水がセメントを入れて近代化されたことと、たんぼの真ん中にパチンコ屋が出来た こと以外は、今も当時も変わりありません。

1年生の頃、下校は仲良し4人組で色んな遊びをしながら帰りました。すももを大量に 取って怒られたり、分水の止水板を外して稲を半面ダメにしたりのいたずらもしました。 いたずらも4人一緒、怒られるのも4人一緒でしたが、その中に「としみ」という猿そっくり の顔をした友達がいました。

としみはいつも元気で、自分が猿に似ていると自覚しておりとても楽しい友達でした。 猿のまねも上手で片手を頭の上に、片手をあごにあてて、滑稽な顔をして3人を笑わせてくれました。 ある木工所の敷地にある、粗末な小屋にお母さんと二人で住んでいましたが、とても 幸せそうにしていました。


おれ、引っ越しするんだ。

ある日、としみが突然言いました。
となりの小学校に行くんだ。月曜から・・・。
ほかの3人はびっくりして顔を見合わせました。
「それって、転校?」
私がそう聞くと、としみはだまってうなずく。しばらく、ゆっくり歩いていきました。 分水の支水路がちょろちょろと流れています。すばらしくいい天気で、たんぼの土の 匂いがとてもいい感じ。最近できた、国道4号線バイパスもあまり通りがなく、静か な晴れた午後です。

しばらく、無言のまま歩いて行くと、友達の一人がいいました。

「となりの小学校だもん、また遊べるよな。」
「そうだよ、また遊べるよ。」

としみは言いました。

「うん、日曜には遊びに来るよ。」


T字路に差し掛かりました。第一分水の流れる音が聞こえ、ここを右に曲がると としみの家、左に曲がるとほかの3人のうちです。
「バイバイ」
この言葉しか出ませんでした。元気でね、とかそんな言葉は見つからなかった。 としみも、ばいばい、とだけ言いました。いつもと同じ別れ。でも、しばらく 歩いてから、思わず振り向きました。すると、ちょうど同じ時にとしみも振り返ったのです。

としみは、猿のまねをしておどけて見せ、くるっと振り返るとそのまま走っていきました。

少し涙がでそうになったけれど、友達がいるたてまえ、我慢しました。みんな我慢していたんだよな・・・。
第一分水に放し飼いになっているアヒルが、がぁがぁとやかましくがなりたて、 私はそのまねをして、がぁがぁと大きく叫びました。友達が笑って、がぁがぁ、とまねをしました。

それっきり、としみには会っていません。


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