9. わ が 国 に も た ら さ れ た 「 明 朝 体 活 字 」

 途中で少し触れるにとどめたが、こうしてわが国にも導入された「美華書館」の活字は、日本人の美意識と飽くなき探求心によって、「築地活版書体」とか「秀英舎書体」とかに昇華されていくのである。
 こうしたことの足跡は既に多くの先人たちによって検証され、至るところでの印刷関連技術書などで語られている。
 しかしながらこの「明朝体活字」が、それまでにどのような発展経過を辿ってきたのかは、一般的な印刷関連書では詳しくは説明されておらず、筆者にとって、かすかながら疑問視していたところだったのである。
 その意味で、1992年〜1995年にかけて発表された小宮山先生のいくつかの論文は、筆者の疑問に風穴をあけてくれたきっかけであり、鈴木先生の論文もそれらを確信させてくれるご示教ともなったのである。

 何度も繰り返すようであるが、導入後の、 わが国で改定された『書体としての洗練さと昇華』は、それで一つの芸術的発展であり、多くの称賛に値するものである。
 同じ時期、西へ渡った美華書館のその「兄弟活字」が、140年の命脈を保ったまま、いま「ホフマン活字」として我が国にもたらされたのである。

 永年、印刷界に身をおいた筆者として見れば、それを手にし得た僥倖に、神秘さを感じているのである。多くの人たちの『縁(えにし)に結ばれて』としか言いようのない機会に恵まれてのことなのだろう。
 そのことに深く感謝しながら、この「ホフマン活字」の紹介を終えたいと思う。


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