7. 特 徴 3 ・ か な 文 字 の 配 列 が「 い ろ は 順 」 で あ る と い う こ と

 いま子供たちが学校で習うのは「アイウエオ」の50音順のみであるという。
 ヨコ列に「ア.イ.ウ.エ.オ」の母音を置き、タテ列に「ア.カ.サ.タ.ナ.ハ.マ.ヤ.ラ.ワ」の子音を立てた、例の50音図はいかにも合理的である。

 幕末に日本に来た宣教医の組み立てた、「ヘボン式ローマ字表」がおなじみで、学校で教えられる50音図もほぼこれに準拠している。

 ところが考えて見れば、この表の最も得意とするところは、欧米人が日本の言葉を覚えようとするときに、その発音の<音素>を、最も簡便にかつ合理的に理解することが出来るというのがその偉大なところである。
 とくに濁音に至っては、従来の日本語は昔からその表記が省略されたりして、読む人の勝手または教養次第という不完全さであって見れば、日本人にもこの表が歓迎されたのは当然であろう。

 その濁音の問題は別として、我が国には古来から「いろは順」と言う立派な教科書があったのだ。

いろはにほへと ちりぬるを・「色は匂えど 散りぬるを」
わかよたれそ  つねならむ・「我が世誰れぞ 常ならむ」
うゐのおくやま けふこえて・「有為の奥山 今日越えて」
あさきゆめみし ゑひもせす・「浅き夢見し 酔ひもせず」(涅槃経)

という仏教精神を、かな文字1セットであらわした「いろは歌」のことである。

 弘法大師作という俗説はさておいて、この「うた」を小さな声で口ずさんでみると、何となく神妙な響きでもって耳に入り、おおげさに言えば人生の何たるかを考えさせられると言えばうがちすぎだろうか。
 この節回しこの響きが、遠い昔から日本人の心を捉え、語り継がれたその結晶が、江戸時代に入ってあの有名な「いろはカルタ」となったのである。

 こうした「いろはカルタ」の解説書はたくさん出ているので、興味のある方はそちらを見ていただくとして、私の言いたかったことは、子供たちに50音図を教えるのと同時に、この「いろは」も教えるようにして貰えればと言うことである。

 それは単に「和音」としての「かな文字」を教えることにはとどまらず、覚えたときには棒読みで、その意味も分からなかった子供たちでも、その後の人生の節々で「論より証拠が大事」だとか「花より団子だよ」とかで、納得させられるという人生勉強の基礎になるからだ。
 その昔、井戸端会議でのおかみさん連中も、この「いろはうた」のいくつかさえ知っておれば、いっぱしのリーダー格で通っているのはテレビの時代劇などでおなじみだ。

 余談は別として、私が述べたかったことの本質は、この「いろは順」と言うことの裏に、これほどの深い教育的要素が含まれているのだと言いたかったからである。

 わが国で活版印刷が、産業として華々しく活躍し出すのは明治の初期である。当初の文選ケースがこのいろは順であったとしても、50音図が幅を利かす昭和の世の中になっても、文選ケースのこのいろは順が変わらなかったのは、単なる古きものへの郷愁だけではなかったはずである。
 先に述べたような伏線的効果と言うよりも、むしろこちらのほうが優れているのだというプライド的なものがあったような気がしてならない、と言えば牽強付会と言われるのか。


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