最近になって私は、貴重なものを手にする機会に恵まれた。それは、「活版」華やかなりし頃の「文選ケース」の貼紙である。文選工という職業が過去のものとなった現在、その「こころ」を具体的に伝えることのできる道具(モノ)の一つであるからだ。
それとても、直接に関係のない人からみれば単なる材料の一つに過ぎないが、当事者である我々から見れば、その現役当時には気付かなかった先人たちの知恵の結晶が光り輝いて見えたからである。
前項で私は「書いたものだけで技が覚えられるのなら……」と皮肉っぽく述べて来たが、あえてその愚を犯すとも、の思いでこの「文選ケース貼紙」の輝きを披露してみたい。
まず最初に「活字ケースの配置図」を示してみる。
活字鋳造工によって鋳造された活字を、手際よく分類整理した「活字収納ケース」のことである。それは個々の文字を使用頻度に応じて区分し、<出張ケース2枚>・<平かな1枚>・<片かな1枚>、<本場ケース8枚>、<外字ケース8枚>の合計20枚に区分されている。
外字5 | 外字1 | 本場6 | 本場4 | 本場1 |
外字6 | 外字2 | 片かな | 平かな | 出張1 |
外字7 | 外字3 | 本場7 | 出張2 | 本場2 |
外字8 | 外字4 | 本場8 | 本場5 | 本場3 |
上の図は、活字の詰まった20枚のケース配置図であり、その前に立って、左手に原稿と文選箱を持ち、右手で一本一本採字して行くのが文選工の作業動作である。これらは一見して何の変哲もないようだが、今にして思えば、その頻度区分のことやケースの配置位置までが、神経の行届いた「職人の世界」が展開されていたのである。
続いて「文選ケース貼り紙」の明細を展開してみよう。(ここで張り紙全体図を紹介できないのが残念だが、後半でその一部の概念図を披露する。)
一見してそれは、単に漢字形を部首別に羅列したに過ぎずと言う印象だろうが、なかなかどうして、それを仔細に眺めてみると、そこにはこの分野で仕事をしてきた先人たちの素晴らしい知恵が潜んでいるのが読みとれるのである。
これから私が述べようとすることは、識者から見れば我田引水に過ぎない事柄かも知れないが、できるだけ多くの人たちの共感を得られるように、「ワープロ機能」と対比するような形で説明してみたいと思う。
私が述べようとする事柄の結論を箇条書きにすると次の4点となる。
以下、順を追ってこれらの特徴(先人の知恵)を説明することにしてみたい。