文選ケース貼り紙讃歌


◆目次◆
1.「職人」のこころざし
2.「歴史の文字展」で考えさせられたこと 
3.「わざ」は「こころ」で伝えるもの 
4.「文選ケース」の貼り紙のこと 
5.特徴1・「使用頻度別に3区分」されている 
6.特徴2・「配列が部首順である」ということ 
7.特徴3・かな文字の配列が「いろは順」であるということ 
8.特徴4・ケースの配置が効果的であるということ 
9.特徴5・文選工はこうして「漢字」を覚えた 
  おわりに 



1 . 「 職 人 」 の こ こ ろ ざ し

 永六輔氏は「職人」(岩波新書 1996年)において「鉛の活字を鋳造したり、それを選んで並べたり、みんな職人の仕事です。ワープロ、コンピュータ、結構ですが、また職人が滅びていくわけです」と述べられている。これは、わが身に当てはめて気になった一項であった。

 また「僕は職人というのは職業ではなくて『生き方』だと思っている」と述べて、「人間、〈出世したか〉〈しないか〉ではありません。〈いやしいか〉〈いやしくないか〉ですね」と「職人衆語録」の一節を引用されている。
 わが意を得たりというのはおこがましいが、昨今の高級官僚や政治家たちの情けない姿を見るにつけ、無名の職人が語ったというこの言葉が、どれほど価値のあるものなのかを思うのである。

 そのほかにも、珠玉としか言いようのない「名言」がいくつもちりばめられている楽しい本であることは確かである。

 そう言えば私にも同じような経験がいくつかある。
 その一つは、東大阪市にご在住の「手工芸製本・装丁家」前野篤子氏の職人談義である。氏はいろいろな話の流れの中で、『……自分の守備範囲に来たボールは必ず掴む、この自信が職人のこころでは……」と言われたのである。言いかえれば、機会の与えられた仕事は誰よりも立派にこなしてみせる、というプロとしての誇りが言わせた言葉なのだろう。
 幼少の頃からの本好きがこうじて今の位置にあり、と話しておられたが、手がけられた作品の隅々に行き届いた神経は、その道の職人ならではのもので正に入魂である。

 私も縁あって、贈呈用の「篋帙」をお願いしたことがあるが、こちらの要望(目的や予算枠)を2つ3つ聞いただけで、当方の想定をはるかに超えた美装品を提供していただけた。(言葉を代えて言えば、こちらの思いもかけなかった部分とレベルにまで気配りを頂いて作ってくれたということである。)

 考えてみれば、住居にせよ家具にせよ、注文する側の思いつき程度を再現するだけでは大したものが出来る訳ではない、ポイントを押えてあとは自分の経験の中に溜めこんだ尨大な知恵の中から、瞬間的にこれが「お薦め品」だというものを選びぬいて、提供する。当然のことながら、いくら相手が目が肥えていようとも、素人と玄人の差は明らかで、相手が気付かぬ所まで気配りをするというのが本当の職人なのだろう。

 その二は、近畿大学図書館の先生から聞いたエピソードである。
 昔からの伝統をかたくなに守っておられる「紙漉き」の職人が、取材の申しこみに対して『TV局・新聞社はだめ、学者・出版社はお断り』と言ったというのである。

 興味本位で、一般におもねる形で報道するTV・新聞社は別として、真面目であるはずの学者・出版社までもが一刀両断に切り捨てられている。その職人も最初からこうだったとは思わないが、それまでの取材応諾の中で、取材側の尺度で、しかも僅かな時間の中でその「わざ」を見たつもりになる、過去のそれらに対する痛棒であり、これも長年に亘り培われた「職人」としての誇りが言わせた言葉だったのだろう。


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