7.許せない「ニセ文字」づくり

 ところが最近になって、この国語審議会のルールを越えて横行しはじめたのが「ニセ文字」である。そしてそのニセ文字作りの張本人は実は今はやりの「JIS水準」であったのだ。
 もともと人が文字を書くときは、自分の心覚えの要素が大きいだけに、どうしても画数を減らしたり起筆部分だけで済ませたりするものだ。「歴史の歴」を「厂」だけにしてみたり、「年齢の齢」や「何歳の歳」を「令・才」と省略して書いたりする。しかしながら活字形でこれらを表現するときは「歴・齢・歳」と表記するのがルールである。
 他にも数え上げればいくつもある。戦闘の闘を「斗」と書いてみたり「労働の仂」などもそうだろう。ひどいときには輪郭だけの「囗家」と書いて「国」を表したり「幼稚囗」と書いて「園」を表したりすることもある。平安期にわが国にもたらされた仏典の伝承には仏徒の間にこうした用法が用いられ、それらの延長線上に現在の片仮名が存在するという学説もなるほどと頷ける。
 こうした筆法は学問上で「省文(省略した文)」とか「抄物書き」と呼ばれていたそうだが、これらはあくまでも筆記上で許された暗黙の了解なのである。
 最近の新聞紙上では一斉の「斉」を「斎」の略字形と勘違いし、平気で「斉藤」と表示しているのをよく見かける。しまいには「齋」も「斎」も「齊」も「斉」も一緒にしてしまって、同じく「さい」と発音するという前提で混入して並べていた電話帳も記憶にある。
 こんなことを平気で繰り返していると、そのうちにあの有名な心斎橋も「心斉橋」と表記されてしまう時代が来るのであろう。
 こうした混乱と誤りを平気で犯している典型的な例をもう一つだけ提示してみよう。


◆引用例がニセ文字なので「★原」と表記するが、原型は竹かんむりの下に略字形の条の「篠のニセ文字」のことである。◆

  ◎ <★原と金野が同ブロック(全日本柔道組み合わせ)>


 以前に新聞で見かけた記事であるが、見出しの「★」という字にご注目願いたい。「竹かんむりの下に條」という<篠原の「しの」>のつもりであろうが、活字形としては今までにお目にかかったことのない「ニセ文字」なのである。
 個人的な書き癖として「竹かんむりに略字形の条」はあり得ても、活字形で表現する場合こんなニセ文字作りは許されないし、今後もこんなことを続ければ、新聞社の良識を疑われることになろう。

 おそらく、こうした文字の出現したウラを推定してみると、

 (1) 昭和21年11月の当用漢字制定後、忠実に遵守していた表記法が、
 (2) 漢字形字数の制限にあきたらず、一部は制限外の文字形を使用することが新聞社としての慣行となり、
 (3) 併行して、紙面の可読性を高めるために画数の複雑な文字形は部分的に略体を採用することにした。(繍、鴎、祷、屡 etc.)
 (4) 中国の簡体字政策は基本的にこの方法を採用しており、「扁」や「旁」のそれぞれを「繁体」から「簡体」に設定し、それらの組み合わせが許されているが、
 (5) 日本ではそうした合成の思想は許されていないのにそれが許されているものと勘違いして、「竹かんむりと略字形の条」とを組み合わせた「★」という字が使用されたのではなかろうか。

と推測するのである。

 ちょうどこの傾向は、ひと昔前の学園紛争でよく見かけた学生達の立て看板と軌を一にする。こんなことが許されるのであれば日本の文字形はどんどん崩れていき、「表意文字」としての特色は損なわれていくことになる。今回の答申素案もこんな心配からの出発であったのに違いない。
 本来は<紙面上の可読性を高めるため>に新聞社内での内規として採用した便宜的措置が時間の経過とともに一人歩きして、「★」というニセ文字を生み出したのであろう。実はこうした風潮は一部の新聞社の犯した罪だけでなく、これと同じ様な発想で定められたJIS水準の<新JIS字体(1983年改訂)>が作り出した誤りなのである。

 もともと、画数が複雑なため単体でその使用が許された略体表記(単、区、粛、寿、数 etc.)を、扁や旁にまで及ぼしたニセ文字(蝉、鴎、繍、祷、屡)を作り、堂々と<新JIS体>として実行に移したのである。しかもその実施の理由が、

 「同一水準内の常用漢字等の字形との整合性を図ること」

を目的として改められたというのである。
 彼らは彼らなりに、自分らの範囲内での慣用と逃げ道を作ったつもりかも知れないが、ここへ来ての筆者の感想は「えらい無茶をしてくれたなァ」という嘆きなのである。

 現在ではワープロもパソコンも家庭や小学校の教材にまで浸透し、その恩恵に浴している。さればこそこうしたミスをそのままにしておくと<JIS水準とかで箔が付き誤りが固定化されていく>おそれが大いにある。世間一般の人たちにとって過去の事情なんかはお構いなく「これが正しい文字なのだ」という風に受け取るだろうからである。
 筆者が今でも残念に思うのは、1978年の当初に制定された<旧JIS字形>は、国語審議会の決定事項を忠実に遵守していたのに、更に普及するようになった5年後の改定時に、整合性を図るという名目で「ニセ文字」作りのきっかけを作ったことである。
 先ほどの「★」のように扁や旁の一部を略体にする手法を編み出したわけであるが、皮肉なことに本家本元の新JIS体では「篠」は正しい字形のままである。


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