3.国語改革出発当初の混乱

 当時制定された「当用漢字表」というのは、現在に使われている「常用漢字表」と殆ど同じと考えてよい。要するに従来は無制限であった漢字の使用を今後はこの範囲(1850字)に限るという趣旨であった。
 もしこの範囲を超える場合は、別の言葉に置き換えるか、または、かな書きにせよというのである。ともあれ内閣訓令で告示されたため、官公庁の法令や公用文・教科書などに反映されただけでなく、新聞・雑誌までがこれに従うようになり、われわれが日常に接する文体も自然と表現が改善され分かり易くなっていくという「功」の面もあった。
 もう一つのポイントは、この漢字制限と同時に、それまでは筆記時の省力手段として使われていた略字体の一部が<活字形の正字>として正式に採用され、画数の多い方の旧字形は以後使用しないように定められたのである。
 こちらの方は、画数の多いものが少なくなったという筆記上の便や、紙面上での可読性という微々たるメリットと引き換えに、失われたものがたくさんある。その最たるものは、字形が全く変化してしまったため、漢字のもっている「字義」が失われ「表意性」を放棄させられてしまったことであろう。

 この<字数制限>と<略字体採用>、<現代かなづかい>のもたらした特徴を、簡単に示してみると次のようになる。

(A)
 先ずその第一は、難しい漢字形を使う「漢語」が安易に使えなくなったため、新聞・雑誌などでの表現が改善され分かり易くなっていく。その当座は記者や文筆家も戸惑いを覚えたに違いなかろうが、日常雑事を書き表すにはこちらの方が楽であったのか、世間一般にも歓迎されていったのである。
 <例>
廻転=回転、註文=注文、史蹟=史跡、聯合=連合、刺戟=刺激、
気魄=気迫、香奠=香典、象嵌=象眼
旱魃=ひでり、播種=たねまき、安堵=安心、全貌=全容

などいろいろある。厳密に言えば少しずつ文字の意味が違うのだから表現としてはおかしいのだが、習慣とは恐ろしいもので今では置き換えられた表記の方が先に頭に浮かんでくる。当然のことながら<廻・註・蹟・聯・戟・魄・奠・嵌・旱・魃・播・堵・貌>などの文字は1850字の制限外のため使えなくなった字形である。そしてこれらを「表外文字」と呼ぶのである。

(B)
 第二点の<現代かなづかい>の方は、「助詞のハ、ヘ、ヲ」をもとのままとし、その他は発音通りに筆記するという決定だから、
 <てふてふ=ちょうちょう(蝶々)> <けふ=きょう(今日)>
 <をどり=おどり(踊り)>
など、かえって分かり易くなり大歓迎されたのである。

(C)
 もう一点の大問題は略字体の正字採用である。
 先に筆者は、そのために「字義」が失われ「表意性」が損なわれると嘆いたが、これとても戦後の50年間ずっとそれ一本槍で進められてきただけに<覆水盆に還らず>というところなのであろう。実際にそうした略字体の採用はかなりの数であったが、その顕著なものだけを次に例示してみることにする。
 <例>
円=圓、旧=舊、欠=缺、台=臺、体=體、担=擔、鉄=鐡、宝=寶、万=萬、
余=餘、与=與、辺=邊、尽=盡、寿=壽、当=當、仮=假、実=實、点=點、
画=畫、圧=壓、声=聲、党=黨、広=廣、仏=佛、伝=傳、団=團、区=區、
対=對、浜=濱、沢=澤、学=學、労=勞、栄=榮、挙=擧、桜=櫻、売=賣、
読=讀、会=會、絵=繪、数=數、楼=樓、粛=肅、砕=碎、粋=粹………

 ここに掲げたのは特に文字形が大きく変化したものの一部である。この表をよく見ると、かなりの苦心の跡や矛盾も目に付いてくる。
 たとえば、「仮、圧」は筆画の最初と最後を残して中間を省略した形であり、「余、与、声」などは旧字体の一部を採用した形である。
 これらの略体は昔から筆写時に使用していたのを採用したものもあるが、「広、仏」の場合は異なった部分を同じ「ム」とし、「学、労、栄、挙、桜」などは部分体が全然違うのに同じ「ツ」にしてしまった強引さも目に付いてくる。それでいて、中には「仏、払、沸」や「卒、砕、粋」などのように、同じ旁でありながら略したり略さなかったりの矛盾もある。
 こうした批判や矛盾は、当用漢字表の実施以降多くの漢字学者や国語学者が指摘してきたのであるが今やすでに少数派になりつつある。

 実施以降半世紀、上表に示したような旧字形には殆どお目にかかれない。従って若者ならずとも日本人の大多数はこんな旧字形は<廃字>になったと思いこんでいたのである。

(D)
 もう一つの面白い方針は、動植物名はかな書き表示を原則とするので、これらを表す漢字形が殆ど表外字となったことである。
 結果として表内に残されたのは、「犬、牛、馬」や「稲、菊、梅、桜」などのごく少数で、「猫、猿、蛇、豚、蛍、鰻……」や「杉、柿、椿、橙、薯……」など大多数の動植物名は省かれたのである。その結果新聞雑誌に表れた表記としては「けい光灯」や「うなぎ登り」、「甘ガキ」「寒ツバキ」「ダイダイ色」などの交ぜ書きが随所に見られる様になってくる。

(E)
 とにかく、使用できる漢字が制限されたので、その代替えに適当な置き換え文字が見つかった場合はよいが、見つからない場合は小学生に教えるように<交ぜ書き>が奨励され、それからは「洗たく機、けい光灯、駐とん地、補てん、ばん回」などのオンパレードである。
 以前からわが国では<ルビ>という便利な手法があり、それを使えばどれほど役に立つかも知れないのに、最近でも「り(罹)災、けん(拳)銃、ら(拉)致」などの交ぜ書きによくお目にかかるのである。ルビによって難しい漢字の使い方やヨミを教えられてきた我々から見れば、文字を覚えさせてくれたこの方法がいつまでも不採用であるのは不可解なことである。小学校時代から、こんな<交ぜ書き>に馴らされてきた現代っ子達はこれを何とも感じないのであろうか。


「4.最大の被害者は子供たちであった」へ
前ページへ
ホームの目次へ