2.国語改革の戦後の出発点

 それがわが国の敗戦を契機として国語改革の機運が持ち上がり、まず最初にその漢字字数を制限しようとなったのである。そして難しい漢字の使用を制限したばかりでなく、平易をモットーとして略字体を本体(正字)とする、という勇み足を犯してしまったのである。

 このあたりの経緯については、関西大学図書館の渡部晋太郎氏の表した労作『国語国字の根本問題』(新風書房 1995年)に詳しく触れられている。なんと言っても、審議会の議事録までを駆使されて時系列的に説かれているだけに、読むものをして臨場感に引きずり込む迫力を持っている。その意味でポイントごとの資料を援用させていただくつもりである。
ともあれ、まず最初に実施された国語改革は、使用できる漢字形を1850字に制限した<当用漢字表>の制定と、発音通りに表記する表音主義の<現代かなづかい>の2点であった。

◎【昭和21年11月16日「当用漢字表」と「現代かなづかい」内閣訓令・告示】


 「当用漢字表の実施に関する件」
 従来、わが国において用いられる漢字は、その数がはなはだ多く、その用い方も複雑であるために、教育上また社会生活上、多くの不便があった。これを制限することは、国民の生活水準を上げ、文化水準を高める上に、資するところが少なくない。
 それ故に、政府は、今回国語審議会の決定した当用漢字表を採択して、本日内閣告示第三十二号をもって、これを告示した。今後各官庁においては、この表によって漢字を使用するとともに広く各方面にこの使用を勧めて、当用漢字表制定の趣旨の徹底するように努めることを希望する。
  昭和21年11月16日     内閣総理大臣 吉 田  茂


 まずこの告示の日時にご注目願いたい。昭和21年というのは敗戦の翌年で、広島・長崎の原爆をはじめとする米軍の徹底的な壊滅作戦で、少なくとも都市部においては衣食住すべての面で飢餓状態であった。そんなさなかに発せられた漢字制限は一般庶民にとってどちらでも良かった問題に過ぎなかった。それだけに殆ど無条件で受け入れられたが、その内容を列記すると次の通りである。そしてこのことが今日の混乱を引き起こす引き金となったのだから、設定した当事者もあるいは見通しの外にあったことなのだろう。

 この時に決定された諸事項は次の通りである。このうち(*)を付した箇所は筆者の個人的見解だが、今日の混乱を引き起こす要素となった項目である。


まえがき
一、この表は、法令・公用文書・新聞・雑誌及び一般社会で、使用する漢字の範囲を示したものである。
一、この表は、今日の国民生活の上で、漢字の制限があまり無理がなく行われることをめやすとして選んだものである。
一、固有名詞については、法規上その他関係するところが大きいので、別に考えることとした。
一、簡易字体については、現在慣用されているものの中から採用し、これを本体として、参考のため原字をその下に掲げた。(*)
一、字体と音訓の整理については、調査中である。

使用上の注意事項
イ、この表の漢字で書きあらわせないことばは、別のことばにかえるか、または、かな書きにする。(*)
ロ、代名詞・副詞・接続詞・感動詞・助詞は、なるべくかな書きにする。
ハ、外国(中華民国を除く)の地名・人名は、かな書きにする。ただし、「米国」「英米」等の用例は、従来の慣習に従ってもさしつかえない。
ニ、外来語はかな書きにする。
ホ、動植物の名称は、かな書きにする。(*)
ヘ、ふりがなは、原則として使わない。
チ、専門用語については、この表を基準として、整理することが望ましい。


 こうして箇条書きにされた条文らしきものを見ていると、なるべく国語を平易にしようという善意も判るし苦心の跡も見えてくる。
 当時の混乱した時代の中での議事録のやりとりを眺めると、有識者といわれる人たちのご苦労の程もよく解ってくる。しかしながら今日ではこれらの人たちの意に反して、国語教育の混乱は目をおおわんばかりであり、そして行き着いたところが今回の素案となったのである。

 繰り返し言うが、旧来の国語を<平易>にしようとして国語審議会の採った第一歩は、<当用漢字表の制定>と<現代かなづかい>の2点であった。


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