1 . 活 字 そ の も の の 起 源 は ?

 印刷のはじまりがどこにあるのかは、諸説まちまちである。
 石に彫られた経典を拓本に採った時代をもって始めとするとか、「随にはじまり、唐代に行われ、五代に広まり、宋代に精し……」とする中国七世紀起源説などであろう。
 しかしながら、いま私がテーマにしようとする《活字》という意味からすると、その始まりはずっと遅く、次の記述をもってその始まりとされるのだろう、と思われる。

 宋の時代、沈括(1030〜1094)という人の著書に『夢渓筆談』という本がある。
 その中に、「畢昇」という人が膠泥活字を発明し印刷したという記述がある。長くなるが、そもそもの<活字の起源>ともなる文章なので、その繁雑さを恐れずに転記してみよう。
(この項は、平凡社東洋文庫『夢渓筆談』より抜粋して転載した)

 『【307】慶暦年間(1041〜1048)、民間人の畢昇がさらに活字による印刷をはじめた。その方法は、膠泥を使って字を刻み、銅銭の縁のように薄くし、一字ごとに一活字として、火で堅く焼いておく。

 まず、鉄板一枚を置き、その上を松脂、臘、紙の灰をまぜあわせておおう。印刷しようとすれば、鉄の範を鉄板の上に置き、それから〔範の中に〕活字を一面に敷きつめる。鉄範いっぱいを一板とし、そのまま火であぶる。薬(松脂や灰)がとけはじめると、平らな板でその表面をおさえれば、各字は砥石のように平らになる。極く僅かな印刷の場合には、簡単で便利というわけにはいかぬが、何百何千と刷るとなると、驚くほど迅速にできる。
 いつも二枚の鉄板を用意しておき、一板で印刷している間に、次の一板には字がならべられる。先の板の印刷が終るとすぐに次の板がでてくる。かわるがわるこのようにしてやれば、瞬く間に刷りあげることができる。

 一字ごとに数個の活字があり、「之」や「也」などのような字は、各々二十数箇あって、一板の中での重複使用にそなえる。使わない時は、紙の符箋をつけ、韻ごとにひとまとめにして、木のケースに収納しておく。普段用意していない珍しい字は、必要に応じて刻字し、草の火で焼くとすぐに作ることができる。

 木で活字を作らぬわけは、木目に疎密があること、水をふくむと高低が平らかにならず、また薬でねばってしまってとり出すことができなくなるためである。土で焼いたものの方が、使い終ればまた暖めて薬をとかし、手で払いのけると簡単におち、少しもふくらんだり汚れたりしない点すぐれている。』

と記されているのである。


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