<2> 彫字
 工程の第2は「彫字」である。これは多才な甫庵とても専門家の手を借りたことだろう。いうまでもなく活字の彫字というのは左手で書いたように<鏡文字>に仕上げることである。ちょうどそれは印鑑のようになっており、先の版下を裏向けに貼って彫ったのだろうと思われる。その素材はこうしたときによく使われる桜材であったのか。

<3> 採字と植字
 工程の第3は「採字」と「植字」である。
   私は当初これも甫庵が一人二役で勤めたのではないかと想像する。なぜならば採字や組版という作業では、一度使った文字は作業者の頭の中では自然と記憶されており、また使用後の解版文字も、偏や旁の部首別か音別かで自然と整理されてくる。そんな記憶や判断の組み合わせの中で、続いての採字や組版の効率に寄与する方法を考えなければならないからである。それだけに全体作業の一番重要なこの部分は、他人任せにせず、まず最初は甫庵自身が自ら勤め作業のルールづくりをやったに違いない。

 ここで一つ面白い現象をお知らせしよう。冒頭に掲載した<図5>に転倒文字があることである。第94葉の8行目の先頭文字が横転しているのが目に入る。その他、誤植も見つかるが、これこそ活字組版の組版たるゆえんであり、まして是が甫庵自身の仕事であったとすれば、彼もまた人の子というべきか。

<4> 印刷
 当時既に一枚板での印刷術は寺院などで発達していただけに、この分野も専門家の力を借りたのであろう。全体的に一文字と雖も不鮮明はなく見事なまでの刷り上がりなのである。

<5> 解版
 工程の第5は「解版」である。
 一見地味なように見える工程だが全体作業の効率をコントロールする重要な部署である。なぜならば、刷了後の組版を単純に解版するだけでなく、それらの部品材料を選別し、次ページ以降の組版に手際よく提供するというのは、それはそれで一つの技術であるからだ。先にも述べたように、最少限の材料と部品で効率よく回転させるため、この分野での手助けは大いに重要である。
 事実、出来本をじっくり見てみると、前ページに使われた活字や輪郭がすぐ次のページに使われているのである。このことは、組版された「原版」が一定部数の印刷後すぐに解版されて次の組版に活用されているということになる。この種の証拠は大型字や輪郭そして版心部など、どの部材においても随所に現れている。

<6> 製本
 工程の最後は「製本」である。これも糸綴じであるが専門家に任せたのであろう。

 以上、かなりの独断と想像を織り交ぜて作業手順のいろいろを述べてきた。
 しかも、わが国で営利を目的とした企業としての出版が興るのは、この時期よりも少し後の江戸初期である。従って小瀬甫庵のこのころは単なる私家本にすぎず、その意味で、これらの作業は甫庵宅で行われたと見てもいいのだろう。部数も僅かであったろう。しかもこれだけのものが個人の力で行われたというのは快挙以外の何ものでもないし、その偉大さはもっと称賛されるべきなのであろう、と思われるのである。


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