『補注蒙求』を第一候補と定めた小瀬甫庵も<何を、どのように、どの規模で>と悩んだに違いない。当時この印刷技法に活用できる職人としては彫字工(彫師)と印刷工(摺師)のみで、文選や植字工は存在しなかったのである。その意味ではもしかすると甫庵自身が慣れない手つきながらもその植字工を勤めたのかも想像されるのである。
ともあれ作業の手順と規模を想定しながら話を進めてみる。<図13>
上の図はすべて憶測によるもので根拠を持ったものではない。強いて言えば、現代技法から遡って僅かな客観材料と組版知識を掛け合わせて想定したものだと付記しておこう。
<1> 版下作成
工程の第一は版下作成である。この実行者は絶対に甫庵自身であったろう。その理由は次のように考えるからである。
彼が手本にした原本が、中国本であったか朝鮮本であったかは分からない。いずれにせよ活字を使っての複製を図ろうとする彼にとって原本の丸ごと筆写はあり得ない。
なぜならば、1つの文字が全体で何回使われようとも同一ページに出現しない限り1本の活字コマで流用回転できる、という組版の最大の特徴を生かすことがこの事業の出発点であったからである。
してみれば肝心なこの作業を他人任せにはしなかったろうし、筆写作業を進めつつも「彫字は誰?」「組み版はどんなやり方で?」「摺師は誰?」などといろんな構想が駆けめぐっていたに違いない。
事実、300丁にも及ぶ出来本の全体を通してみると、同じ木コマによる文字が繰り返し使用されているのが判る。その典型的な事例としては、四字成句に一番多く使われている「王」の字はその33箇所ともすべて同じコマであり、次に多い「張」も14箇所のうち13箇所まで同じ木コマが使われている。勿論その他の文字とて同様である。従って彼は版下作成のための筆写段階で、既に書いた文字は二度と筆写しなかったと思われる。先に示した<図8>とともにつぎの<図14>でも味わって頂きたい。
詳細は省略するが、その出現頻度の多い字種の一部を示すとつぎの通りである。
文字種 出現回数 使用コマ数 王 33箇所 1コマ 張 14(1) 2 子 13(1) 2 陳 12 1 周 11 1 馬 11 1 郭 10 1 劉 10 1 三 9 1 不 9 1 平 9 1 孫 9 1 注:( )内は別体による印字回数