<2> 活字コマの<作字>流用について

 書物作成に当たって、活版術を活用しようと思い付いたそのきっかけは省力化にあるのは当然だが、ここではさらに彫字を省こうと図った跡がある。このあたりの柔軟な機知には心憎いほどで彼の頭のよさに驚くばかりである。具体例(図9)で示してみよう。

図9参照

 「田」と「由」は、頭に突出した点があるかないかだけでよく似た字形である。甫庵はそのことに気付き省力化を図ろうとしたが意に反して失敗したようである。(出現回数は「田」は6カ所で「由」は2カ所)
 結果はこうである。最初に出現した「第20句・田」はきれいに彫字され印刷されている。その次に出現した「第146句・由」は先の「田」に切り込みを加えて合字し「由」を形作っている。 続いて出現した「第180句・養由号猿」では同じ文字を使ったつもりが、切り込み部分がすっぽり抜けて間の抜けた「田」の字となっている。「由」を使ったのはこの2カ所のみである。以下、第380句の補刻コマを除いてはその後もたいして意に介せずその間抜けな「田」が堂々と使われている。
 もう1点は「風」と「虱」の関係である。(図10)

図10参照

 この図のとおり、最初に出現した第75句の「風」は次の第87句に流用されている。そして第179句に出現する「虱」については、逆に今度は「風」の第一画を削り取りそれで立派に間に合わせているのである。ところがその後第395句で「風」が必要となったとき、先の木コマは間に合わず改めて彫字しているのである。
 結果として省力化が成功したかどうかは疑問だが、このように付け足し削り取りといった改変修正を試みる発想のユニークさには驚きというのが正直な感想である。
 このほかにも「于」と「干」の流用など2、3の例がある。こうした発見があると検証する苦労などいっぺんに吹き飛んでしまうほど嬉しいものである。


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