2.文禄五年刊『甫庵版・補注蒙求』の抜粋

 今の時代、漢文というのは結構難解でへたな外国語よりも数段と難しい。
が、幸いなことに懇切な解説書として、早川光三郎氏著「蒙求」<明治書院刊>という名著があり、理解の便のために、その内容の一部を借用し、その読み下し文も併せて転記してみることとした。(ルビは省略)
 まず李良が玄宗皇帝に推薦したその第1葉から紹介してみよう。

図1参照=上巻第1葉

『蒙求を薦むるの表』(天宝五年八月一日饒州刺史李良上表)

臣良言す、臣聞く官を建て賢を択ぶ、其の来ること素有り。表を抗げ士を薦むる、義或ひは称す可し、と。爰に宗周より茲の炎漢に逮び、競ひて茂異を徴すに、咸儒術を重んぜり。竊かに見るに、臣が境内に寄住の客、前の信州司倉參軍李瀚、 学芸淹通、理識精究なり。古人の状跡を撰び、編んで音韻を成し、対を属り事を類するに、典実に非ざる無し。名づけて蒙求と曰ふ。……(以下略)


 饒州刺史(今でいう県知事)「李良」は、県内に住む著者李瀚の才能を惜しんで、以上のようなこの『蒙求』の推薦文を、玄宗皇帝に奏上しようとしたのである。
 なお、この『蒙求を薦むるの表』の書かれた、天宝5年というのは西暦746年のことである。
 また、当時の文豪「李華(花)」という人が、この本の推薦文ともいうべき格調の高い序文を寄せており、さらに下って、宋の時代に「徐子光」という学者が、その内容を典籍に照らして再調査し、解説文としてその内容を補ったという。
 それらの人達の激賞する精神が、もっともよく現れているのが次の第2葉から第3葉に見える「蒙求序」であり、「子光序」であるのだろう。併せてその読み下し文も転記して味わってみよう、と思う。

図2参照=上巻第2葉
図3参照=上巻第3葉

『蒙求序』 (趙郡李花)

安平の李瀚、蒙求一篇を著し、古人の言行美悪を列ね、之を声律に参し、以て、幼童に授け、随って之を釈く。其の終始を比するに、則ち経史百家の要、十に其の四五を得たり。推して之を引き、源ねて之を流む。諷誦に易くして、章句に形る。巻を出でずして天下を知るは、其れ蒙求なるかな。………(略)


『子光序』

前言往行、載せて経史に在り。炳として丹青の若し。然れども簡編浩博にして、未だ研究し易からず。真に力を積むこと久しきに非ずんば、能く其の要を撮ること莫からん。唐の李瀚、載籍を捜羅し、古人の行事を采り、著して蒙求を為る。……(中略)
庶幾はくは、照然として日星の天に麗り、煥然として覩る可きが若くならん。命けて補注と曰ふ。将に以て遺忘に備へ討論を助けんとす。亦文範の捷径ならずや。時に己酉仲冬の月辛卯吉日、徐子光序す。


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