小瀬甫庵版「補注蒙求」のこと【要旨】


発表:1992年8月<私家本>、1998年6月改訂

 わが国で、独自の活字印刷が始まったのは文禄年間(1592-96)頃からである。
 現存する古い書物の中で、単字コマに刻まれた「活字」を使って印刷されしかもその刊年がはっきりしているのはこの『小瀬甫庵版・補注蒙求』なのである。
 その意味では<わが国最初期の組版による印刷物>といってもいいのだろう。

 この書が<組版による印刷物>ということを学術的に証明しようとされたのは、近畿大学中央図書館・森上 修先生と、国立公文書館内閣文庫・長澤孝三先生のお二人であった。筆者は組版専門の技術者という立場からお手伝いさせていただいたのである。

 その調査内容は別途報告書に尽きるが、そのときに頂いた背景資料などが筆者の興味を呼び、本題を離れ、著者・小瀬甫庵の心境やこの書を刊行した理由など、いろいろな角度から独断と推測を織り交ぜて綴った雑文である。

 小瀬甫庵という人は「豊臣秀次」に仕えた医者で、後年には『信長記』や『甫庵太閤記』の著者として有名になるが、この『補注蒙求』を著した頃は、秀次追放の直後で失職の身であった。その彼が<わが国での活版術の嚆矢>とされるこの書を刊行したのはどんな理由からであったのかという想像が筆者を刺激したのであった。



興味がおありでしたら、全文(13ページ)をご覧になってみて下さい。

「小瀬甫庵版「補注蒙求」のこと」の全文を見る。


ホームの目次へ