○雷 その2



 東京では2008年夏、比較的 雷が多かった。
 雷が観測された「雷日数」を気象庁のHPで調べてみると、7月は平年値2.3日に対して今年は7日、8月は平年値2.5日に対して8日となっている。これは関東地方における雷の本場である、栃木県宇都宮市や群馬県前橋市の平年値よりも多い数字。
 例えば鉄道・航空等の運輸関係会社や電力会社など、雷による直接的な脅威を受ける業界にとっては厄介なことだけど、観察するだけの野次馬にとっては多いほど面白い。予測できないその現象は、自然が魅せる一大スペクタクルだ。

 そういえば子供の頃「雷が鳴ったらヘソを隠せ」と言われていて、表向きは信じてなかったけど、風呂に入っているとき突然ゴロゴロきた時はヘソを隠しようもなく、どうしようかと困ったことを突然思い出した。幸い雷様にヘソも命もとられることもなく、今まで生きてきている。
 さて今回はその雷について、前回「雷 その1」の補足版です。


○雷雲の成長と、突風前線(ガストフロント)
 雷雲、すなわち積乱雲の中で成長した氷の粒(アラレやひょう)が落下するとき、周囲の空気も引き引きずられて一緒に下降する。氷の粒は周囲の空気を冷やす代わりに、自らは融けて水の粒、すなわち雨になる。
 周囲の空気と一緒に落下を続ける雨粒はやがて雲を離れ、地面へと落ちてゆく。落ちる途中も雨は少しづつ蒸発するので、気化熱によってさらに周囲の空気は冷やされる。冷やされて重くなった空気は、さらに落ちる勢いを増す。そしてこの空気が地面に達すると、横方向へ向きを変え、周囲へと広がってゆく。

 雨が降りだす前に、涼しい突風が吹くことがある。近づいてくる怪しげな黒い雲と、一陣の風。急な夕立に見舞われる前の現象として、ご記憶にある方も多いと思う。前述した雲から落ちてきた空気が、この風の正体だ。
 この風は、もともとあった地上の空気よりも冷たく重いので、その下に潜り込むように低く広がってゆく。その先端を、突風前線(ガストフロント)と呼ぶ。
 地面付近にあった湿った空気は、この突風前線によって上空へと押し上げられる。押し上げられた空気は上昇したことによって冷やされ雲ができ、さらに発達して新たな積乱雲へと発達してゆく・・・ この繰り返しで積乱雲は世代交代を繰り返しながら進んでくる。

 ひとつの雷雲の寿命は30〜50分程度だが、このように進みながら世代交代を繰り返してゆくので、何時間も雷雨が続くことになる。



○雷雲の進む方向
 雷雲(積乱雲)は、1万m以上の高層まで達する背の高い雲だ。雲全体は高度5000m近辺の中層の風に流されて移動する。
 その一方で、地上付近は別の方向の風が吹いていることが多い。その一例が、海から吹く風だ。昼間、陸地は太陽の光によって暖められて上昇気流が生じ、気圧が少しだけ低くなる。しかし、海は陸地ほど温度が上がらない。その結果として相対的に気圧の高い海から、気圧の低い陸へと向かって風が吹く。

 ここで、雷雲全体を動かす中層の風が西風(西から東へ吹く風)で、地上付近は南風(南から北へ吹く風)だったとする。東へと移動してゆく雲が作る突風前線は、四方八方に広がってゆく。地上付近は南風なので、両者がぶつかる南側の突風前線で、最も雲の発達が盛んになる。

 雷雲全体は東へと動いてゆくが、ひとつひとつの雷雲は数十分で消えてゆく。そして雷雲の南側で、次々と新しい雲が作られてゆく。その結果として、雷雲全体は両者を合成した、南東の方向に移動していくように見えるのだ。
 その好例が、夏の午後、関東地方で発生する雷雲だ。その移動方向を観察すると、だいたい同じような方向であることが多い。
 例えば栃木県の日光付近で発生した雷雲の集団は、宇都宮を経て茨城県水戸へと移動してゆくことが多いし、八王子の雷は横浜方面へ、和光市や浦和付近の雷は都心部へと向かう。他にも熊谷→関宿→市川といった江戸川に沿ったルートや、水海道→佐原の利根川ルートを辿ることも多い。みんな、南東へと向かうルートだ。



○雷の光りかた
 一瞬の閃光に見える雷も、細かくその現象を見てゆくと、いくつかの段階から成っている。

 ステップトリーダーの進展と第1雷撃
 電気を通さないはずの空気を変質させながら、雷雲からステップトリーダー(階段型前駆)と呼ばれる、弱い光を発する放電路が伸びてゆく。20〜50mほど進んでは止まり、また進みを繰り返し、枝分かれしながらジグザグに進んでゆく。
 全体的な進行速度は秒速200km程度で、雲から地面まで、だいたい20ms程度(1msは1000分の1秒)で達する。その後に流れる落雷電流の速度(光速の1/3程度=秒速100,000km程度)に比べれば遥かに遅いものの、人間の目でステップトリーダーを見ることは、かなり難しそうだ。
 このステップトリーダーが地表近くまで進展してくると、それに対応して地面に集まってきた電荷からも放電路が伸びてゆく。そして両者が接触することによって、大量の電気が一気に流れるリターンストローク(帰還雷撃)が起こり、強い電光と大きな音を発する。これが落雷だ。

 土中や岩盤をくりぬき、トンネルを掘り進める工事には時間がかかる。空気の絶縁を破りながら進むステップトリーダーの進行に時間がかかるのは、それと同じイメージだ。  しかし一度トンネルが貫通すれば、そこを通る電車は一瞬で走り抜ける。ステップトリーダーが掘ったトンネルを通って、落雷の大電流が1ms以下の短時間で一気に流れる。

 第2雷撃
 第1雷撃の後、数十ms程度の休止期間をおいて、雷雲から再び放電路が伸びてゆく。一度雷の通った場所は電気が流れやすい状態が残っているので、枝分かれやストップ&ゴーをすることなく、階段型前駆の10倍以上の速度で下降する。このダートリーダー(矢型前駆)が地表近くに達すると、同じように地面からの帰還雷撃と合流して落雷、2回目の落雷が起こる。

 第3雷撃以降
 さらに集十ms程度の休止期間をおいて、同じようにダートリーダーが進展し、3回目の落雷となる。(落雷の電流が流れている時間は、いずれも1ms以下)

 上はひとつの例だが、このように1秒足らずの間に何回か落雷があるのは、珍しいことではない。


○雷の撮影
 雷を撮影する場合、最初の電光を感じてからシャッターを切っても、上記の多重落雷があるために間に合うことがある。数十msごとに繰り返す落雷の瞬間にシャッターが開いていれば、雷が写ることになる。ただし、周囲が明るい昼間はシャッタースピードも速くなるため、雷を写しこむのは難しくなる。

 雷を写し込む確率を上げるために、シャッター速度を遅くして感光時間を増やす方法がある。そのためにはISO感度を小さくし、NDフィルタなどの減光フィルタの装着、さらにレンズの絞りを絞り込んで撮影する必要がある。しかし絞り込むことによる弊害もある。落雷するようなときは雨が降っていることが多いので、絞り込むと被写界深度が深くなり、レンズやフィルタについた水滴が写り込みやすくなるし、落雷地点が遠い場合、電光自体も弱い写りかたになってしまう。またデジカメの場合は回折による解像度低下も気になる。

 やはり一番撮影し易いのは、数秒〜数十秒間の長時間露光が可能となる、夜だ。
 三脚に固定したカメラに外部レリーズ用のケーブルを接続してバルブ撮影してもよいし、マニュアル露出でも問題ない。デジカメであれば簡単に露出を確認できるので、例えばマニュアル露出であればISO感度を最低の100程度、絞りをF5.6〜11・シャッター速度4〜8秒程度にして撮影してみて、結果を見ながらシャッター速度を調整すればOKだ。

 プログラムモードや絞り優先などの自動露出だと、電光によってカメラの露出計が影響を受け、周囲の景色が露出アンダーになることがある。特に落雷箇所が近い場合、真っ暗の闇に電光だけが写っている写真になってしまう可能性が高いので、注意が必要だ。
 右の写真は、撮影地点から200〜300m程度の地点への落雷で、F19で絞り優先AEでの撮影だった。F19まで絞っていたので、近距離の落雷でも電光自体は露出オーバーになることはなかった。しかし、強い電光の影響を受けてシャッター速度が早くなってしまい、周囲の風景が2段分くらい露出アンダーになってしまった失敗例だ。


 そして最後に、何といっても最も大切なのは、安全だ。雷の直撃から身を守るための最も安全確実な方法といえるのが、金属に囲まれた安全空間に入ること。具体的には、周囲に鉄筋や鉄骨の入った建物か、車の中に入る。カメラを空に向けるのは、その後だ。

 避雷針代わりになりそうな樹木の下は一見、安全そうだが、実はそうではない。木材は人間の体よりも電気を通しにくい物質なので、幹を伝って落ちてくる雷が、近くにいる人間に飛び移る「側撃」が起こりやすくなる。

 なお、体につけた金属を外しても落雷する確率に関係ないことが、実験の結果わかっている。逆に、体に沿ってたくさん金属を身に着けていた方が、金属を伝って雷が通るのでそのぶん体の中に流れる量が少なくなり、助かる確率が上がるという話もある位だ。
 それでも火傷などの傷害は負うだろうし、助かるというのも可能性の話でしかない。安全な場所に逃げるというのが、唯一の対策と言えるだろう。


参考文献
雷と雷雲の科学 北川信一郎著 森北出版株式会社 2002年9月発行
雷雨とメソ気象 大野久雄著 東京堂出版 2001年9月発行
一般気象学 第2版 小倉義光著 東京大学出版会 2002年3月発行
カミナリはここに落ちる 岡野大祐著 オーム社出版局 平成11年3月発行



○撮影データ(ページ上の写真より)
・1枚目  日時:2008年9月7日 17:12   場所:東京都江東区
 カメラ:シグマ DP1  レンズ:16.6mm F4 (28mm相当)
 その他:絞り優先AE F11 1.6秒 ISO50相当 RAW現像
 外部レリーズ端子のないデジカメでの、明るい時刻の雷撮影はかなり困難ですが、何とか挑戦してみました。

・2段目  日時:2007年5月31日 16:27  場所:東京都中央区
 カメラ:ペンタックス K10D  レンズ:ペンタックス SMC DA18-55mm F3.5-5.6AL
 その他:絞り優先AE F13 1/90 ISO100相当 RAW現像


・3段目  日時:2008年8月30日 0:32  場所:東京都江東区
 カメラ:ペンタックス K10D  レンズ:ペンタックス SMC DA18-55mm F3.5-5.6AL
 その他:マニュアル露出 F5.6 6秒 ISO100相当 JPEG撮影


・4段目  日時:2006年8月12日  場所:東京都中央区
 カメラ:ペンタックス *istD  レンズ:シグマ 18-35mm F3.5-4.5 ASPHERICAL UC
 その他:絞り優先AE F19 1/15 ISO200相当 JPEG撮影
 自動露出+至近距離への落雷の場合、強烈な電光の影響で早めにシャッターが閉じてしまい、このように真っ暗な写真になることがあります。



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