テイクオフからの高度が1000メートルを越えようとしている。身を切る風が、次第に冷たくなってきた。すごーく大雑把に言って、気温は高度が100メートル上がる度に約0.6℃づつ減少してゆく。その計算でいけば1000mなら6℃の気温低下ということになる。
確かにこの冷たい風は、地上のそれとはあきらかに違う。こんな経験は、旅客機などに乗っていてはできない。スカイスポーツを楽しむ者の特権だ。そして高度はさらに上がってゆく。 変な話だが、ここまで調子がいいと逆に不安になってくる。このまま止まらず上昇しっぱなしになってしまうのではないか、などど。だが頭上には危険と思われるような兆候はなく、ただ透き通った青い空と、所々に薄い雲が散在しているだけである。こうなったら行けることろまで行ってやれ、と自分に言い聞かせる。
そう思ったのがいけなかったのか、次第に上昇率が弱まってゆく。サーマルを外してしまったのか、あるいはここでサーマルが消滅してしまっているのか。
サーマルは通常、太陽の日射により暖められた地面から発生する。だからその発生する場所はおおよそ予想ができ、移動すべき場所の見当が付けられるものだが、これほどの高空になるとその目安となる地面は遥か下。 その時、ふと今までとは違う風の流れを感じた。同時に「バサバサッ!」という音が頭上から響く。
![]() まずい! 潰れだ! 体を吊り上げてくれているライザー、その片側のテンションが抜けるのを感じると同時にグラグラッと揺れ、体が傾く。反射的にブレークコードを少し引き、体重移動を併用させながら機体を安定させる。
パラグライダーの翼は、柔らかな布で出来ている。それが翼としての形を保っていられるのは、翼の前縁に開けられたエアインテークから空気が入ってゆくことによる圧力があるためだ。
見上げると、翼の片端が皺々になり形が崩れている。しかし幸いにもその潰れは一部分で、翼のほとんどは正常な形を保っていた。このため大した動揺もなく、すぐに翼は安定を取り戻す。 この間、多少の高度を失ったためか、あのパラグライダーはさらに上方に見える。さらに差をつけられてしまった。きっと彼は私より熟練しているのだろう。少し悔しいが、まあ考えてみればこの広大で美しい空の下で高度を競い合い、勝った負けたと張り合っても意味がない。要は自分自身で納得できて、自らの技量の範囲内で楽しく安全なフライトができればいい。気持ちを切り替え、周囲の雄大な景観を楽しむことにする。この高度なら、何もしなくてもしばらくは飛び続けていられる。 それにしても見事な眺めだ。空気は澄んでいて、遠く雪を残す山脈まで望見できる。身を乗り出し下を覗き込むと、規則的に配置された広大な田んぼや、それに向かって裾野を広げる山の様子などが一望だ。そしてどちらを向き、どこを目指して飛ぶかも自由自在。爽快な空の旅を楽しんだ。
テイクオフと同じ高度まで下がってきたので、通常の滑空に戻す。ランディングはさらに300m下だ。先ほど私がテイクオフした時とは違い、この高度帯では多少風が荒れているらしく結構揺らされるが、その度に機体を操作して安定した飛行を心がける。これは例えれば荒れた道で車を真っ直ぐ走らせるようなものかもしれない。
田んぼに囲まれたランディングが見え、その端にある吹き流しで風向を確認する。見たところ、風は吹いてないようだ。確認のために地上にいる人に無線を入れ総合的な風向を聞くと、弱いながらも西方向からの風が時折入ってくる状態だという。 時々やってくる小さな上昇・下降の風をやりすごしながら田んぼの上空で行ったり来たりしながら高度を下げ、進入するのに適切な高さになるまでそれを続ける。やがて高さも10数メートルほどになった。
そこで最後に90°程度右に向きを変え、真っ直ぐランディングに向かう進入体勢に入れるつもりで旋回を始める。が、なんだか思ったよりも降下速度が速い。 ただし幸い田植え前なので稲を倒して迷惑をかけることはないし、水もまだ入ってないため泥まみれになってしまうこともない。しかしランディングに届かず手前に降りてしまうのはいただけない上にカッコ悪い。祈るような気持ちでその沈下が収まるのを待つ。が、田んぼはどんどん近づいてくる。高度はあと、5メートル。
「うわああー」
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ページ最終更新:1998/12
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