その1、‥‥‥将来、望み通りに金持ちになる。
その2、‥‥‥将来、金持ちにはなれない。
まず金持ちになったとしましょう。しかし、ここで疑問が生じます。あなたは何のために金持ちになりたかったのですか。もちろん、自分の自由に使える金が欲しかったからでしょう。では、何のために?
買いたい物を買い、行きたい所に行き、食いたいものを食い、やりたいことをやり、飲みたいものを飲み、得たいものを得るため、つまり自分の欲望を満足させるためであったのではないでしょうか。
主イエスはおっしゃいました。
「人から出るもの、これが、人を汚すのです。内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。」(マルコ7:21)
あなたが金持ちになったからといって、幸福になれる保証はありません。かえってその金であなたは、ますます好色、高ぶり、不品行になり、自分の人生を破滅に導く可能性が大いにあります。
しかし、一番恐れなければならないことは、あなたが、日々おごり、ぜいたくに遊び暮せるようになったとき、遊びが人生だと思い込み、心が遊びに奪われて、あなたの死後の永遠の魂の行き場について考えることを全く忘れてしまうことです。 しかも、あなたはいつ死ぬかわからぬ生身の人間です。自分には死という重大な問題があることを忘れないでください。
次に、金持ちになれなかったときのことを考えて見ましょう。金が幸福をもたらすと考えていたなら、あなたはその時惨めです。自暴自棄になるか、死ぬまで金持ちになって見せると思い続けるかのどちらかです。いずれにせよ、それは不幸な人生です。
そしてあなたには短い一生を終え、死んで行きます。それなのに、あなたは神は存在しない、地獄も存在しないと思い込んでおられます。
あなたは間違っています。 もう一度神のご存在について考え直してください。