「どうだ?気分は?」 タケルはシリンダーが上がり始めると同時にケルベロスに駆け寄った。 「アマリ、イイキブントハ、イエナイナ」 ゆっくりと立ち上がったケルベロスは、体を震わせて水を払った。 「うっぷ、おい」 「スマンナ」 タケルの抗議の声もどこ吹く風といった風情でケルベロスが答えた。 「ったく、で、どんな感じだ?」 「ソウダナ、ナニカシックリコナイガ、アタマノナカニアッタイワカンハ、キエタ ヨウダ」 「そうか、よかったな」 「………オカシナヤツダナ。ナンノトクニモナランコトデヨロコブトハ」 「ともかく、試してみようよ」 タケルを追いかけて来たエクシーが、会話に割り込んで来た。 「試す?」 「そう、例のプログラムがちゃんと消去されてるかどうか」 「そうだな………どうだ?」 「イゾンハ、ナイ」 「じゃあ、決まりだ。エクシー」 「わかった」 返事をするなりエクシーはタケルの肩に座り、精神を集中し始める。 床に置かれたアームターミナルが、『ピッ』という音を立て、作動する。 「フム、ダイジョウブノヨウダナ」 ケルベロスは、少し緊張した声で呟いた。 「なかなかやるな、じーさん」 「ふぉっふぉっふぉ、当たり前じゃ」 主は、笑いながら胸を張る。 「とはいうものの、やっぱり少し不安じゃったがな」 一通り笑い終えた主は、苦笑を浮かべながら言い足した。 「じゃあ、そういう事で、後もお願いね」 「はん?後?」 「そう、後」 エクシーが主の反応を楽しそうに見ながら答える。 「後って、なんじゃい?」 「アームターミナルに、後5体ほど悪魔がいたりするんだな。これが」 エクシーが、さも嬉しそうに答えた。 「なんじゃとぉ?!」 「つうわけで、お願いね。うふふふふ」 叫んだ主にウインクを送りながらエクシーが笑った。 「こ、この小悪魔がぁ!!そういう事は先に言わんかい!!」 「だってぇ〜、わたし悪魔だもぉ〜ん」 「うぐっ」 「まあ、じーさん。俺達が当てにできるのはじーさんしかいないんだから」 「うむむむむ」 「こいつだって、頼りにしてるんだぜ。なっ」 「まあ、そうね。見掛けによらず頼りになるわね」 「なんじゃい!!その『見掛けによらず』ってのは?!」 「まあまあ、ともかくお願いしますよ」 「ったく、最近の若いもんは目上の者を敬う気持ちを知らん」 「まあまあ」 「ええわい、乗りかかった船じゃ。とっととそのターミナルを持ってこんかい」 「はいはい」 タケルは調子のいい返事をするとアームターミナルへと走った。 「ふむふむ………ううむ、やっかいな奴等がおるな」 「どうした?じーさん」 「うむ、この中にわしが扱った事のない悪魔が混ざっておる」 「どうにかならないか?」 「そうじゃな………ちょっと待っておれ」 主は、そう言うと傍らのパソコンを操作し始めた。 「ふむふむ………………おおっ、あったあった」 「何だ?」 「他の邪教の館のデータじゃ」 「ほう、さすがだな」 「ふぉっふぉっふぉ、邪教の館ネットワークを侮るでないぞ」 「で、どうだ?」 「ふむ、どうやら総て揃ってるようじゃな」 「じゃあ、オッケーだな」 「そうじゃな」 主は、老人とは思えぬ手さばきでキーボードを操作し、データを転送する。 「これでよしと、早速かかるかの」 「よし、エクシー呼び出しの方を頼む」 「わかったわ」 返事をしたエクシーは、アームターミナルに触れ悪魔を呼び出した。 「これで全部じゃな」 邪教の館に居心地悪そうに居並んだ悪魔達を見ながら主が呟いた。 「いやいや、老骨には堪える大仕事じゃった」 「ごくろうさん」 エクシーが、優しげな声で主の労をねぎらった。 「お前さんに優しい声をかけられるとは………ほっほっほ、こりゃ雨が降るかのぉ」 「どういう意味じゃい!!」 「そう怒るなよ。エクシー」 「だってぇ〜」 「ケルベロスの旦那、まだ、具合はよくないか?」 落ち着かない感じのケルベロスにタケルが声をかける。 「アア、ダガリユウハ、ワカッタ」 「へえ、で、どんな理由なんだ?」 「ドウモ、カラダガ、ワカガエッテルヨウダ」 「へ?」 「ふむ、修正用に利用したケルベロスのデータが、若かったからじゃろう」 「よかったじゃない、若くなって」 「アマリ、ヨクナイ」 「そうかなぁ?」 ケルベロスの答にエクシーは首を傾げる。 「若くなるっていい事と思うけどなぁ」 「そうも言えんじゃろ。悪魔はきわめて成長が遅いからな」 「ソウダ、ソシテナガイネンゲツヲカケテ、ツヨクナル」 「そうか、若くなるというのが必ずしも強くなる事というわけじゃ無いんだ」 「悪魔は一般的に長く生きるほど強くなるからのぉ」 「悪かったな、せっかく成長したのに」 「カマワン、ドレイヨリマシダ」 「そっか、そう言ってもらえると気が楽だ」 「ダガ、セキニンハトッテモラオウ」 「せ、責任?!」 「ソウダ、シバラクイッショニイサセテモラオウ」 「へ?」 「ジュウブンツヨサヲトリモドスマデハ、ナ」 ケルベロスは、そう言うとプイッと背中を向けて床にうずくまった。 「はあ、まあ、俺達としては歓迎だが」 「ナラ、イイダロウ」 背中を向けたままケルベロスは答えると「スコシ、ネル」と言って頭を下げた。 「ねえ、あたい達の方はどうなんのよ?」 呆然と立っているタケルに甘ったるい声がかけられた。 いや、甘い吐息が、というのが正しいだろう。 「おわっ」 すぐ間近に迫っていた女悪魔から身を引きながらタケルが声を上げた。 「そんなにすげなくしなくてもいいじゃない」 すねたような声を上げ、彼女はタケルに流し目を送った。 なんとも色っぽい仕草である。 明らかに人間とは違う目が、光を反射してキラリと輝く。 「いや、そういうつもりじゃ無いんだけど」 困ったような顔でタケルは頭を掻く。 「あたいみたいな女は、き・ら・い?」 再び近寄りながら彼女が聞く。 その足運びは優雅であり、また、危険な感じのものであった。 ネコマタ、ケルベロスと同じく魔獣の類に属する悪魔である。 「いや、そうじゃないけど」 後退りしながらタケルが堪える。 「嬉しい、じゃあ、いいのね?」 「な、何が?」 「ううん、わかってるく・せ・に・っ♪」 「いや、何がなんやら」 「痛くしないから、ねっ♪」 「ちょっと、待たんかいっ!!」 タケルとネコマタの間にエクシーが割り込んだ。 「タケルに変な事しないでよね」 腕を組んだエクシーが、空中で仁王立ちになる。 「あら、おちびちゃん。ヤキモチ?」 ネコマタは、小馬鹿にしたような口調で答えた。 「だあぁぁぁれがっ、ヤキモチですってぇぇぇ」 ピクピクとこめかみを震わせながらエクシーが低い声で応じる。 「まあ、おちびちゃんのサイズじゃ、人間の男を満足させるなんて無理だわね」 「うぐぐぐぐ」 「諦めて、ノッカーかゴブリンでも相手にしたら?」 そう言うとネコマタは、キャラキャラと笑った。 「言わせておけばぁぁぁ………ピクシー、やっておしまいっ」 「ええ〜、でもぉ」 「いいから、おやりっ!!」 「はぁ〜い」 渋々といった感じで答えたピクシーは、腕をさしあげ、精神を集中した。 「ジオンガ!!」 腕が振り降ろされるのと同時に電光がネコマタを襲う。 だが、それをネコマタは余裕で避ける。 「駄目駄目、あんた程度の力であたしに攻撃するなんて100万年早いんだよ」 「ううっ」 馬鹿にされたピクシーは、涙目になってエクシーをウルウルと見詰めた。 「ええいっ、次、ジャックブラザーズ!!」 「ヒーホー?」「エギャ?」 「おやりっ」 「………………」「………………」 「何やってるのっ?!」 「ヒ〜ホ〜」「アギャ〜」 ダブルジャックは、嫌々という感じで前に出た。 次の瞬間、炎と氷がネコマタに降りかかった。 さすがに避け切れず、ネコマタが悲鳴を上げて倒れた。 「おいっ、やり過ぎだ!!」 タケルは、上着を脱いでネコマタに被せた。 「おい、大丈夫か?!ちょっと、待ってろ。確か、宝玉が」 タケルはポケットから小さな玉を出すと、それをネコマタにかざした。 宝玉は、淡い光を放ち始め、それはネコマタに降りかかった。 そして、次の瞬間宝玉は砕け散った。 「しっかりしろっ!!」 タケルは、ネコマタを抱き上げ揺すった。 「あん、その気になったのね」 パッと目を開けたネコマタは、素早い動きでタケルに抱きつく。 「ち、違う!!おいっ、抱きつくなって、うひゃひゃひゃひゃ、首を舐めるん じゃない!!」 ザラザラした舌で首筋を舐められ、タケルはくすぐったさに笑い声を上げた。 「首じゃなければ、舐めてもいいの」 強く抱きついたまま、ネコマタは耳元で囁くと、タケルの耳を優しく噛んだ。 「うひっ、そうじゃなくてぇ。わあっ、そんな所を撫でるなって!!」 「タケルゥゥゥ」 「おわっ、エ、エクシー、ち、違う、これは」 「何が違うのかなぁぁぁ………何よ、締まりの無い嬉しそうな顔してさ」 「どうでもいいがな、人の屋敷で痴話喧嘩はせんで欲しいもんじゃな」 主が、さも呆れたような声をかけた。 「ち、痴話喧嘩、ち、違うわよ」 「違うも何もあるか、痴話喧嘩以外のなにものでもないわい」 エクシーの反論に主はきっぱりと言い切る。 「うっ」 「ネコマタ、お前もそれぐらいにしておけ」 タケルに抱き付いたまま、ゴロゴロと喉を鳴らす魔獣に涼し気な声がかかった。 声の主は、白銀の鎧に身を包んだ美丈夫だった。 どこか、侍や騎士といったイメージを持つ、やや渋目の美形は静かな雰囲気を漂わせ ながらも断固引かない強さを感じさせた。 「はいはい、クーフーリンってば、相変わらず堅物ね」 やや未練を感じさせる物腰でネコマタは、タケルの体から離れた。 「すまなかったな、そいつも悪気は無いんだ………と思う」 「あのねぇ〜、何よっ!!その言い方はっ!!」 「気にしなくていいよ、俺も気にしてないから」 「ふうん」 「何だよ、エクシー。その目は」 「べっつにぃ〜」 「ところで、話があるのだが」 あくまで生真面目な顔をしたクーフーリンがタケルに言った。 「何だい?」 「我々もケルベロスと同じ身だ、しばらく一緒にいたのだが」 「それは、構わんが………駄目か」 「何か問題があるのか?」 「もう悪魔召喚プログラムのデータが限界なんだ。これ以上は」 「だったら、そっちの役立たずをお払い箱にしたらいいじゃない」 「私は役立たずじゃないっ!!」 ネコマタの言葉にエクシーが叫ぶ。 「どうだか、戦闘能力だって高くなさそうだし、愛玩用のペットにしては愛想も ないし」 明らかに小馬鹿にした口調でネコマタが喋り続ける。 「あんたねぇ〜」 エクシーの体に怒りのオーラが燃え上がる。 「私にそんな口聞いてもいいのかなぁ?あんたの運命を握ってるんだけどねぇ」 「な、何よ、あたいの運命って」 エクシーの威圧感のある笑みにネコマタが少しびびった感じで言い返した。 「悪魔召喚プログラムのデータストック数、私だったら増やせるわよ」 そう言ったエクシーは、勝利を確信した余裕の笑みを浮かべた。 「えっ、ホント?」 少し上目使いになったネコマタは、空中のエクシーに小さな声で聞き返す。 「ホントよ、まあ、容量のグレードアップは必要だけどね」 「じゃあ、あたい等も仲魔に出来るようになるんだね?」 「でも、どっしようかなぁ?私、役立たずだしなぁ」 「ああん、お姉様の意地悪ぅ、ねっねっ、お願い、そんな事言わないで」 「でもなぁ、なんせ私おちびちゃんだしぃ〜」 「そんな事ないですぅ〜、お姉様ったら、素敵ですぅ、ネコマタ一生お姉様に ついてきますからぁ」 「よしよし、だいぶと立場というのがわかって来た様ね」 「よちよち、きたようね」 エクシーの横で同じように腕組みしたピクシーが真似をする。 「もう、そこら辺にしてやれ、あまり苛めちゃ可哀相だろ」 タケルがみかねてエクシーに声をかける。 「あ〜ら、ずいぶんとお優しい事で」 だが、エクシーは、プイッと横を向く。 「今日のお母さんは機嫌が悪いな」 「うん」 タケルがヒソヒソ声でピクシーに囁くと、妖精も同じようにヒソヒソ声で うなずいた。 「だ〜れが、おかあさんですってぇ〜」 地獄の底から響いてくるような低い声で唸りながらエクシーが振り向いた。 「ひえぇぇぇぇ」「きゃあぁぁぁ」 タケルと彼にしがみ付いたピクシーが悲鳴を上げる。 「お母さん、怒っちゃやだ」 「だから、私はあんたのお母さんではないってぇぇぇ!!」 「まあまあ、ピクシーはまだ子供なんだから」 「言っとくけど、その子、あんたなんかよりよっぽど年上よ」 「へ?」 「ほら、ピクシー。あんたの年をタケルに教えてあげなさい」 「え〜と、え〜と………………………………………」 エクシーに言われたピクシーは、小さな手の指を折りながら考え込む。 「………………………………………」 「わかったわかった、もういいって」 「私が悪かったわ、だから、ねっ、もういいから」 タケルとエクシーが、考え込んでしまったピクシーに慌てて声をかけた。 「………………あたち、こんだけっ♪」 いきなり正気に返ったピクシーが元気よく手を広げた。 「こんだけって………3歳か?」 片方の指が2本、片方の指が一本立てられてるのを見てタケルが呟いた。 「馬鹿ねぇ、そんな事あるわけないでしょっ!!」 「馬鹿とはなんだっ!!馬鹿とはっ!!」 「馬鹿だから馬鹿って言ってるんでしょ!!」 「言わせておけば」 「何よっ!!私に暴力ふる気ぃ?!」 「あたち、こんだけっ!!」 睨み合う二人の間にピクシーが割り込む。 「お、おおっ、う〜んと、そうかぁ!!12歳か!!」 「ブウゥゥゥゥ」 ピクシーが頬を膨らませて外れた事を表現する。 「違うか、う〜ん………まさか21なんてことは」 「「ブウゥゥゥゥ」」 今度はエクシーとデュエットだ。 「他に、どう組み合わせれば………そうかっ!!2進数に変換してるのか!!」 「違う、違う」 叫んだタケルにエクシーが手を振りながら答える。 「この子は120歳なのよ」 「ひゃ、ひゃ、ひゃくにじゅっさいぃぃぃ?!」 思わず情けない声で叫ぶタケルであった。 「うそ」 「ホント」 「………………マジかよ」 「マジ、マジ」 「………………女の年ってわからんもんだな」 「ふふふふふ、わかったような口きいて」 「いや、マジで見当もつかなかった」 「えっへん」 意味も分からずピクシーが胸を張って威張る。 「どうやら、二人とも落ち着いたようじゃの」 今まで様子を見ていた主が、声をかけてきた。 「まあ………一応」 タケルは、その言葉に苦笑を浮かべた。 「しかし、『子はかすがい』とはよく言ったものじゃ」 「は?」 「何それ?」 「うむ、昔から子供は夫婦の絆を繋ぎ止めるという意味で使われる言葉じゃ」 「ふ、夫婦っ!!」 エクシーの顔が、いや、体全体が真っ赤に染まる。 「俺達、そういう関係じゃあ」 タケルも困ったような顔で汗を流す。 「ふぉっふぉっふぉっ、二人とも照れ屋さんじゃのぉ」 「いや、だから、そういうんじゃ」 「や〜い、照れ屋さん、照れ屋さん」 やはり、わけもわからずピクシーがはやし立てる。 「まったく、どいつもこいつも」 タケルは、ますます困ったような顔になり溜め息をついた。