真・女神転生 ELSE(2)


「ふう」
空を見上げた俺は大きくため息をついた。
四角く切り取ったような青空がビルに囲まれたこの空地から見えた。
恐らく回りのビルが先に建ったため工事が困難になり見捨てられたのだろう。
都心のビル街にもこんなところがあるのか?と思わせるような所だった。
俺はちらりと後ろを振り返った。
そこにはビルとビルのわずかな隙間があった。
その隙間が唯一ここへの入り口だった。
わずかな都会の喧騒がそこから微かな音として流れてくる。
が、その音源はビルに遮られているため耳を澄まさなければ聞こえないほどだ。
「静かだな‥‥‥」
俺はそっと呟く。
だが、この静けさは安全である事の証しにはならない。
事実、俺のモノアイディスプレイにはこの辺一体に瘴気(というか妖気というか、
いや、この場合魔気と言うべきかもしれない)が漂っている事を示唆していた。
「ふむ、それほど濃くないな」
表示を読み取り俺は呟く。
(油断は禁物よ)
俺の頭に微かな声が響く。
デジタル変換され、コンピュータシステム内にデータとして眠っているはずの
エクシーの声だ。
デジタル変換された悪魔は仮死状態に近い。
普通は会話なんぞ出来ないはずなんだが、こいつだけは例外のようだ。
(わかってる)
俺は短く答えると空地をゆっくりと歩き始めた。
モノアイの表示が微妙に変化する。
動作原理も不明なセンサーの情報を、これもまた正体不明な怪しげなソフトである
悪魔召喚プログラムが処理して情報を表示しているのだ。
「ここら辺が最も魔の気が濃いな」
空地のほぼ中心でモノアイ下部のバーの表示が赤く染まる。
モードを数値表示に切換えると魔気のレベルが数値化され、その表示が上下するのが
わかる。
(このレベルなら大した奴は出てこないだろう)
俺は低い数字を見てホッした。
悪魔が現実世界に出現するには幾つかの条件がいる。
その条件の一つが魔気だ。
瘴気とか妖気とかも言われるが、いわば彼らの世界との接点に溢れ出た魔界の大気
とそれに含まれる魔界のエネルギーだ。
そして、それが物質化したものがマグタイトと呼ばれる。
悪魔召喚プログラムにはそれを検知したり、マグタイトをデータ変換して取り込む
機能が付いている。
もちろん、それを可能にする周辺ハードがあればの話だが。
俺はダイヤモンドワールドといういかにもいかがわしい店でそのハードを入手した。
それから俺の生活は変わった。
ダイヤモンドワールドのじいさんの紹介で色々と非合法な物を手に入れ、時間を
作ってあちこちをうろつく事になった。
ここもそうやって見つけたポイントの一つだ。
俺は模造刀を構えて注意深く歩いた。
(まわりのビルに窓が無いのが救いだな‥‥‥まっ、窓があったら大変だが)
悪魔の出現は突然だ。
また、魔気が充満してるからといって悪魔が出現するとは限らない。
ここは言うなれば魔界から現実世界に張り出した展望台のようなものだ。
展望台にいつも見物客がいるとは限らないように、ここに悪魔がいるという保証は
無い。
(いるわよ)
俺の考えを読み取ったエクシーが頭の中に囁く。
彼女は同じ悪魔の気配を敏感に感知する。
それは悪魔召喚システムより確実と言えた。
(相手はどんな奴かわかるか?)
(レベルは高く無いわね………ピクシーか?ノッカーか?そんなところね)
(そうか)
俺はホッと胸を撫でおろした。
その程度の悪魔なら問題ない。
実際、俺の持つ悪魔召喚システムに両方とも住み着いている。
(来たわよっ!!)
エクシーの言葉が終わるや否や、目の前の空間から滲み出るように何かが現れた。
(あら?ゾンビドッグだわ。外れね)
外れ、すなわち仲魔にならないタイプということだ。
(外れか………俺は戦闘に入る。悪いがデビルアナライズを操作してくれ)
(はいはい)
俺は相手が複数なのを知り、剣を銃に持ち替えながらエクシーにサポートを頼む。
本来ならデビルアナライズは自分で操作しなければならないのだがエクシーは
データ化された状態で一種のプログラムとして活動出来る能力を持っているらしい。
これを使わない手はない。
ダイヤモンドワールドの店長の台詞ではないが俺はラッキーなようだ。
(そうよ、だから私を大切にしないと運に見放されるわよ)
俺の考えを再び読み取ったエクシーが脅しとも自賛ともとれる言葉を返して来る。
(わかったわかった、だからデータの表示を頼む)
(わかってるなら良しっ、データ表示するわよ)
視界に重なるモノアイにゾンビドッグのデータが表示される。
(ふむ、それほど恐い敵ではないな)
(何言ってんのよ!!毒で麻痺させられたら終わりじゃない!!)
(そ、そうか)
(もう、しっかりしてよね)
(………)
(あっ、今口煩い奴だと思ったでしょ)
(そ、そんな事は無いぞ、そ、それより戦闘だ)
俺は慌てて会話から闘いに神経を集中した。
エクシーはまだなんだかんだと言っていたがあえて無視する。
「グルルルル」
涎を垂らしながらゾンビドッグが唸る。
どうやら俺が慌ても恐がらずもしないのが不満のようである。
「オイ、コイツニンゲンノクセニヤケニエラソウダナ」
「アア、オモシロクナイゼ」
システムを通してゾンビドッグ達の会話が聞こえて来る。
喋り方がぎこちないのは、口が言葉を喋りにくい構造なのか?あるいは、知力が
あまり高くないからなのか?
(頭が悪いからに決まってるじゃない。だいたいゾンビの類は………)
頼みもしないのにエクシーが、自前のゾンビ論を披露しだす。
それを無視して俺は半分戸惑ったようなゾンビドッグに先手の一撃を放った。
パーン!!
カンシャク玉が破裂するような音を立ててワルサーが火を吹く。
「ギャン!!」
まるで生きているかのようにゾンビドッグが鳴き声を上げて後ろにふっ飛ぶ。
(ゾンビも痛みを感じるのだろうか?)
(感じるわけないでしょっ!!あれは一種の条件反射よ)
(ふうん)
パーン!!
俺はエクシーの言葉に相槌を打ちながら更にゾンビドッグを撃った。
「キャイン」
二匹目のゾンビドッグがひっくり返る。
(随分と腕を上げたわねぇ)
(ダイヤモンドワールドの兄ちゃん達に鍛えられたからな)
ダイヤモンドワールドの店員、前木(まえぎ)と後木(うしろぎ)はアフター
サービスと称して俺を特訓した。
剣や銃、果てはサバイバル訓練まで。
おかげで俺は短期間で弱い悪魔となら対等に渡り合えるようになった。
(しかし、面倒見がいいわよね。まっ、暇潰しっていう雰囲気もあったけど)
(うっせぇ、サバイバルナイフ一丁で樹海に放り出されたのを暇潰しで片付け
  られたかぁねぇやいっ!!)
パーン!!「キャン!!」
(あの時は大変だったものねぇ。悪魔まで出て来て)
(おまぁ〜なぁ〜、忘れたとは言わさんぞ)
(何が?)
(「大丈夫、ピクシーは親戚筋だから」とか言いやがって)
(ホントの事だもん)
パーン!!「ガウッ」
(いきなりジオンガ食らった事は忘れんぞ)
(やぁねぇ、男が細かい事をいつまでも)
(うっせぇ、一つ間違えたら死んでる所だぞ!!)
(いいじゃない、結果的にピクシーを仲魔に出来たんだから)
(そりゃ、ま、そうだけど………)
パーン!!
(あっ、外れた。へたっぴ)
「うっせいっ!!」
俺は我慢出来ずに口に出して言った。
「グオッ!!」
俺の攻撃をかわしたゾンビドッグが今度はこっちに襲いかかって来る。
間一髪、その牙を避けた俺は銃を剣に持ち変えた。
一対一なら剣の方が確実だ。
(それに金もかからないしね)
やたらに所帯地味た事をいう悪魔だが、その癖しょっちゅう
「あれ買って、これ買って」とうるさい。
(なによぉ、あれは仕事に対する当然の報酬よっ!!)
まぁ、ケーキだのおもちゃだので満足してくれるならいいんだが、高い宝石とかの
光り物を欲しがるのは勘弁して欲しい。
(ふんっ、買ってくれた事なんか無いくせに)
「当たり前だっ!!」
思わず叫びながら、俺は飛び掛かって来たゾンビドッグを一刀両断にした。
「あんな高いもの、ほいほいと買えるかっ!!」
感情が昂ぶった俺は、データ化してコンピューターに入ってるエクシーに怒鳴る。
(これじゃ、端から見るとまるで独り言を呟く危ないや奴だな)
やや冷静さを取り戻した俺は思わず溜め息をつく。
(いいじゃない、優秀な秘書のために10万や20万出すくらいは男の甲斐性よ)
(そんな甲斐性なら無くても構わんわいっ)
(まったく、覇気が無いんだから………マグタイト吸収完了)
エクシーが言うのとほぼ同時にゾンビドッグの死体が干からび灰のようになる。
こちらの世界で存在する力を失い、消滅したのだ。
マグタイトは生体エネルギーである、死んだ時点から徐々に失われ、最終的には
今と同じような状態に至る。
だが、エクシーが悪魔召喚システムの補助機能を使い、強制的にマグタイトを
奪取したため、そのプロセスが加速度的に進んだのだ。
(吸血鬼は灰になっても蘇るというけどゾンビはどうなんだろう?)
俺は、ふと疑問に思った。
(ゾンビだってちゃんとした手順で儀式を行えば復活するわよ)
その疑問にエクシーが答えた。
(本当か?)
(本当よ。でも、ゾンビドッグを蘇らすのにややこしい手間と費用をかける物好き
  なんていないけどね)
(なるほど)
(このレベルの下級悪魔だったらそこら辺の犬を捕まえて来て、それを材料に新しく
  作った方が安上がりだわ)
(おいおい、物騒な事言うなよ。動物愛護協会がうるさいぞ)
(へっへ〜ん、魔界の住民には関係ないも〜ん)
(そりゃ、ま、そうだろうけど)
(まっ、ゾンビドッグなんてわざわざ作らなくても自然に増えるからね)
(増えるって、ゾンビが子供を産むのかっ?!)
(ばぁ〜か、違うわよ。死にきれない恨みや未練を持ったまま死んだ犬がゾンビ
  ドッグになるのよ)
(なんだそうなのか………で、なんで、それで増えるんだ?)
(あのねぇ、言っちゃなんだけど人間が増やしてんのよっ!!)
(人間が………そうか、捨て犬とかがなるんだな)
(それだけじゃ無いわよ、歪んだ飼い方、犬らしく生きるのではなく、玩具と同じに
  扱う飼い方が、犬の心を歪めるのよ)
(………よくわからんな。俺は犬を飼った事ないから)
(あのねぇ………まぁいいわ、つまりはそういう事。むしろ捨てられても保健所に
  捕まって処理でもされない限りは結構まともに成仏するもんよ)
(ふうん)
俺が、相槌を打ちながら剣を納めていると「あっ」というエクシーの驚きの声が
小さく聞こえて来た。
悪魔召喚システムに接続されたスピーカから漏れて来たらしい。
スピーカから声が漏れたという事は、エクシーが制御する事も忘れて声を漏らした
という事だ。
俺は、それが意味する事を察知し、やや緊張した。
同時にモノアイに表示されている情報データが暴れ馬のように飛び跳ねた。
ゾクッ、俺は寒気を覚えて震えた。
(何か恐怖を巻き起こすものが近付いて来る)
俺は、そう直感した。
それが、背筋に悪寒を走らせ、体中から力を吸い取るのを感じた。
気だるい倦怠感が俺を襲う。
「こらっ、しっかりしなさい!!」
悲鳴のようなエクシーの叫び声が、スピーカから聞こえて来る。
「くっ、いったい、これは………」
俺は食いしばった歯の間から声を漏らし、後ろに下がろうとした。
(う、動けない!!)
強力な呪縛にあったように俺の体は自由を失っていた。
更に寒気が増し、体の爪先から麻痺感覚が広がり始めた。
モノアイの瘴気レベルの表示が、上限を超え動かなくなる。
(お、温度が)
俺が感じていた悪寒は精神的なものだけでは無かった。
周りの気温が下がって、マイナスにまで落ち込んでいる。
(こ、これは?)
(こちらの世界に出現するのに必要なパワーを吸い取ってるのよ!!このままだと
  あんた凍え死ぬか、生体エネルギーを吸い取られてミイラになっちゃうわよ!!)
「く、くそぉぉぉ!!死んでたまるかよぉぉぉ!!」
俺は、体中の力を振り絞り呪縛を振り切ろうとした。
(くそっ、くそっ、くそっ、何で動かないんだっ?!)
まるでコールタールの中に沈んだ体を遠隔操作で動かそうとしてるかのようだった。
俺は、自分の体がはるか遠くにあるように感じた。
(頑張って!!あんたが死んだら私は明日からプーになっちゃうんだから!!)
(あのなぁぁぁ〜!!)
わずかにじりじりと体が動くのを感じつつ俺は心の中で叫んだ。
その目の前で、まるで陽炎が生じたように景色が揺れる。
(わっわっわっ、やばいよ!!)
エクシーがそれに気が付き悲鳴を上げる。
俺は、意識を体に集中した。
(このままでは、ジリ貧だ)
確かに僅かづつ後退してはいるが、体の感覚は失われて行く一方だ。
遠からず、完全に体感を失い身動き出来なくに違いない。
俺は、他人のもののように
痺れたようになって、ほとんど感覚の無くなった手先を握り、広げる。
最初は、ピクリともしなかった指が微かに動き始める。
それと同時に徐々に感覚が戻って来る。
(何やってんのよ!!手より足を動かしなさいよ!!)
エクシーが、半泣きのような金切り声をあげた。
だが、俺はそれを無視して更に手先に力を込める。
突如、手の感覚が戻った。
そして、それと同時に金縛りが消えた。
「うおぉぉぉ!!」
俺は唸り声を上げて後ろに飛びのいた。
体中からドッと冷や汗が湧き、疲労感がのしかかって来る。
だが、まだだ。
一刻も早くこの場を逃れなければならない。
俺は、鉛が詰まったように重い体を引きずるようにして歩き出した。
背後からなんとも嫌な匂いが漂って来る。
(魔界の匂いよ、それもかなりやばいエリアの)
エクシーが、怯えるように低い声で囁いた。
俺は、無言で歩き続けた。
空地と外界を結ぶビルの隙間までのほんの10mほどの距離が無限の遠くのように
思えた。
一歩踏み出す度に「もう駄目だ、今度で最後の一歩だ」と何度も思った。
目に映る景色が何を意味するかすら認識出来ず、エクシーの囁きの内容すら意味を
持たなかった。
ただひたすら歩き続けた。
ズリッ、ズリズリ。
気の遠くなるような時間をかけて、目的地にたどり着くと、その隙間に体を押し込み
あちこちが擦れるのも無視して動き続けた。
ガリッ、腕のベルトで止めたパームトップコンピューターがコンクリートを削り
ながら音を立てた。
「ハッハッハッハ」
荒い息を吐きながら俺はひたすら進み続けた。
ブロロロロ、ザワザワザワザワ。
車のエンジン音と人のざわめき。
まぶしい光と共に都会の喧騒が周りに戻って来た。
俺は、それを聞いた途端、へなへなと地面に腰を落とした。
何人かの通行人の視線が向くのを感じたが、無視した。
いや、もう何をする気力も残っていなかった。
ビルに背をあずけ、心地好い放心状態に身を任せていた。
どれくらいそうしていただろうか?
ぼんやりとしていた俺は、エクシーが叫んでるのを認識した。
(どうしたっていうのよっ!!何とか言いなさいよ!!)
エクシーの声は震え、何かを堪えてるかのように聞こえた。
(聞こえてるよ、そう怒鳴るな)
(なっ………………な、何よっ!!人が心配してやってるのにその言い草は!!)
エクシーは、前にも増して激しく怒鳴った。
頭の中に響き渡る強さだ。
(無事なら無事って言ってよねっ!!魔気にあてられてイッちゃったかと思った
  じゃない!!)
(すまん、すまん、わかったからもちっとボリュームを下げてくれ)
テレパシーによる会話に音声は介入しない、だが、実際は音声と画像がミックス
されたかのように伝わる。
おそらく、聴覚と視覚を司る脳の部位を通して認識するのだろう。
だから、感情の起伏が、そのまま音の大小や画像の鮮明さにつながる。
(いいや、わかってない!!どんだけ私が心配したと思ってるのよ!!)
(ごめん、ごめん、謝るから)
(まったく、もう、失礼しちゃうわ)
(ところで、さっきのアレ、何だったんだ?)
俺の質問にエクシーが、体を震わせるのを感じた。
恐怖と憧れのイメージが、俺の中に流れ込んで来る。
(多分………魔神だわ)
(魔神?)
(そう、それも魔界でも滅多に会えないチョー強力な奴よ)
(魔神………か)
俺は、あの時感じた恐怖を思い出し、ブルッと体を震わせた。
(しかし、なんで引き返したんだ?)
すでに微塵も気配を感じなくなった相手に俺は疑問を持った。
(ああ、あれくらいの悪魔になると簡単にこっち側には来れないのよ)
(というと?)
(こっちの世界の物理法則が、歪められるのに逆らうように働くの)
(じゃあ、こっちには来れないと思っていいのか………焦って逃げる事は無かったな)
(あのねぇ、『来難い』というのと『来れない』というのは違うのよ!!)
エクシーが、呆れ半分、怒り半分の言葉を吐き出した。
(こっちの世界の法則を曲げるくらい魔神なら出来るわよ!!)
(じゃあ、何で?)
(私達が去ったんで、興味を無くしたのよ)
(………なるほど、あのままあそこにいたら)
(今頃、この世界は大パニックね)
(………………)
(まっ、よかったじゃない。何とか無事で)
(………そうだな)
(それより移動した方がよくない?みんな、ジロジロ見てるわよ)
確かに通行人の何人かが、好奇心にかられてこっちを見ている。
中には立ち止まって見てる奴もいる。
(もう少し休ませてくれ、体が言う事をきかん)
(仕方無いわね、でも、取り敢えずモノアイは外したら?)
(あっ、忘れてた)
(それからヘッドセットも)
(うっ………)
そうなのだ。
物事に無関心な都会の住民の目を引き付けていたのは、見慣れぬ俺の格好だったのだ。
アーミージャケットに、腕に付けたたパームトップぐらいは珍しくも無いが、モノアイ
やヘッドセットはどう見ても一般的ではない。
幸い、各種センサーはアクセサリーに偽装してるから目立たないが、杖に見せかけ
てる模擬刀は、ちょっと浮いている。
取り敢えず、俺はヘッドセットとモノアイを外しジャケットのポケットに突っ込んだ。
代わりにサングラスをかけ、イヤホンを耳に差し込む。
しばらくすると、俺に目を止める人間はグッと減った。
(おまわりさんに不審尋問なんて受ける前でよかったわね)
エクシーは、そういうとクスクス笑いを送って来た。
(まったくだ)
俺は、そのからかいの相手をする気力もわかず、素直に相槌を打った。
(………………)
エクシーから気合抜けした落胆の感情が伝わって来る。
(あーあ、つまんない)
そう呟くとエクシーとの接触が切れた。
俺は、「ふう」と溜め息をつくと目を閉じ、仮眠をとる事にした。

(起きなさいよっ!!起きろって!!)
すっかり眠り込んでいた俺は、エクシーの声で目が醒めた。
「ううん………ふあああ、おふぁよう」
大きく背伸びした俺は、欠伸混じりにそう言った。
途端に周りでクスクスという笑い声が通り過ぎた。
道を行くOL達が、口元を押さえ足早に歩き去って行くのが見えた。
(何寝ぼけてんのよっ!!)
(おっと、すまん、すまん)
既に日が傾き、空を茜色に染めていた。
(どれくらい寝てた?)
(かれこれ5時間)
(ひゃあ、ほとんど一日潰しちまったな)
(まったく、情けないんだから)
(そう言うなよ)
(それより………何か変よ)
(変って?)
(よくわかんないんだけど………何か、こう………ああん、うまく言えないよぉ)
エクシーは、伝えたい事を言葉に出来ないもどかしさにもがくように言った。
だが、その言葉に乗って彼女の感じている感覚が俺の中に伝わって来る。
不安、期待、恐れ、喜び、いくつもの感情がまぜこぜになったそれは、何かが迫り
つつある事を知らせていた。
大きな変革のビジョン、それが、その予感の正体だった。
(いったい、何が?………)
俺は、エクシーに感化されたようにそれの到来に体を震わせた。
(ああ、駄目!!ここにいちゃいけない!!)
エクシーは、近付きつつあるそれのイメージから危険の匂いを感じ取った。
(逃げないと!!でも、何処に?)
自問自答するエクシーの焦りが俺に伝わって来た。
だが、俺は走り出したくなる気持ちを必死で抑えた。
自分よりエクシーの方が正しい答えを導き出すと感じたからだ。
俺は、エクシーが全感覚を総動員して逃げ場所を探しているのを感じた。
彼女は、理論的に考える事より、自分の知覚力と本能を使う方を選んだ。
数分の時が流れた。
迫り来る何かの気配は、ますます大きくなり、予感から確信に変わっていった。
(まだか?まだ逃げ道は見つからないのか?)
俺は、思わずエクシーに言いたくなった思いを自分の中に閉じ込める。
(………戻って!!さっきの場所に戻って!!)
エクシーの声が、聞こえると同時に俺はビルの隙間に身を躍らせた。
閃光が白く視界を染め、それに続き轟音が俺を襲った。
そう、光と音は、まるで暴風のように力となって俺の体に叩き付けられた。
俺は、生まれて初めて光と音の存在を触覚で感じる事が出来るのを知った。
「ぐっ」
その力に押さえつけられた俺は、うめき声を上げると意識を失っていった。
最後に耳元に残るのは、俺の名を呼ぶエクシーの叫び声だけだった。

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