「うーむ、なんなんだろうな」 俺はディスプレイに映った文字列を見ながら呟いた。 そこにはEメールで送られて来たソフトの中に入っていたテキストフィルが映し 出されていた。 差出人はスティーブン、ソフトは悪魔召喚プログラム。 これは圧縮されていたファイルに入っていたREADME.DOCだった。 スペックを見る限りDOS/Vマシンで動くようだ。 いや、動くのは確認した。 だが、【データがありません】というメッセージを見ただけだ。 少なくとも送られて来た中にはデータファイルは入ってなかった。 「なんかのいたずらだろうか?」 俺はコツコツとキーボードの縁を叩くと再びREADME.DOCを読み返した。 そこにある使用コンピューターのスペックを眺めているうちに「冗談だな」と いう言葉が口から出て来た。 CPU、RAM、HDD容量、使用OSあたりは問題ない。 だが、重力、電磁波等の測定を可能にする空間センサーだの双方向の音声入出力 インターフェイスだの使用者の健康状態をチェックするバイオセンサーだのが ズラズラと並んでいるのを見ると「なんだよ、それは?」と言いたくなって来る。 「やはり誰かのいたずらかぁ〜‥‥‥‥‥‥しかし、気になる」 俺は大きく背伸びをすると宙を睨んだ。 気になるのは発信者のIDが????????になってた事だ。 IDを秘匿してEメールを送る事なんて普通では出来ない。 腕利きのハッカーか? いや、それにしてはメールの内容が気になる。 それにREADME.DOCの最後に記載されていたショップの存在も少し引っ掛かった。 「新手の宣伝か?それともやはりいたずらか?それとも‥‥‥まさかな」 プログラムが本物だ、という可能性が頭をかすめた俺は苦笑した。 「ふむ、どうせ今日は秋葉に行こうと思ってたんだ。ついでに確かめるさ」 俺はそう呟きパソコンの電源を落とそうとしてふと手を止めた。 「念のため持って行くか」 何かの予感に動かされた俺はファイルをパームトップコンピューターに転送すると ポケットに押し込みそれから家を出た。 休日の秋葉原は人でいっぱいだ。 人ごみを避けた俺は裏通りでパームトップを取り出しでエディターを起動しREADME.DOC を表示した。 「この辺には間違い無いみたいだけどな」 そこの表示されたパソコンショップ【ダイヤモンドワールド】はここらの雑居ビルの 中にあるらしい。 俺は次々とビルを回りショップを探した。 だが、それらしいビルも店も見つからなかった。 「やっぱりいたずらだったのかなぁ」 いい加減疲れた俺はメシを食うために駅の方へと向かった。 「うん?なんだありゃ?」 俺はそれを見て立ち止まり思わず呟いた。 幸い回りの人間は他人なんかに構う暇はなかったようで立ち止まった俺の横をすり 抜けていった。 それはふわふわと宙を舞い、止まり、くるりと回った。 (な、なんだぁ〜‥‥‥幻覚か?妖精なんて‥‥‥) 俺は目をこすり、頬をつねり、それでも消えない妖精の姿をぼんやりと眺めた。 ドンと肩があたりよろめいた俺をぶつかった男が不満気に見る。 その目は『この人ごみで立ち止まるんじゃねぇよ!!』と言っていた。 俺は取り敢えず道の隅に移動し、妖精を目で追った。 そこらを飛び回っていた妖精が急降下をして通行人の頭に乗っかった。 そして頭の上でダンスをしたり髪の毛を引っ張ったりし始めた。 妖精を頭に乗っけた男は首を振り頭を掻き、上を見上げた。 上を向いた男の目の前で妖精はアッカンベーをしてから後ろを向きお尻ペンペンを した。 だが、男は首を傾げただけで再び歩き始めた。 無視された妖精は少し膨れっ面をしていたが再びそこらを飛び回り始めた。 その姿があまりに面白いので思わず二やついた俺と妖精の目があった。 俺は慌てて目を逸らした、そして、再びそっと視線を戻すとすぐ目の前に妖精が 浮かんでいた。 「うわっ」 思わず後退った俺はビルの壁に当たった。 妖精はジッと俺の動きを目で追う。 (ま、まずい) 俺は何事も無いように壁に沿って歩き始めた。 その俺の動きに合わせて妖精の首が回る。 「ヒューピッピ♪」 冷や汗を流した俺は何故か口笛を吹きながらその場を逃れようとした。 視線の隅で妖精がニヤリと笑った。 ギクッ、思わず俺の足が止まる。 ツツーと妖精がこちらに移動して来た。 俺は慌てて歩き始める。 妖精のスピードが少し上がる。 俺のスピードの少し上がる。 更に妖精のスピードが上がる。 「うわー!!」 緊張感に負けた俺は走り始めた。 「キャハハハハハ」 子供の笑い声のような妖精の笑いが背中で聞こえる。 「うわっ、うわっ」 得体の知れない恐怖感が俺をつき動かした。 俺は人を突き飛ばし罵離雑言を受けながら走った。 妖精の飛ぶ速度は遅い、が、空中には障害となる人ごみはない。 「ケラケラ」 妖精の笑い声が近付いて来るのがわかる。 俺は人ごみを避けるため再び裏通りに飛び込んだ。 その背中に俺を罵倒する通行人の声と妖精の笑い声が聞こえた。 「諦めたかな?」 ビルの出入口から少しだけ顔を出して俺は様子を伺った。 俺を見失った妖精はまだ諦め切れないらしくそこらをうろうろしていた。 「ちっ、諦めの悪い奴だな」 俺は舌打ちすると顔を引っ込めた。 「しかし、困ったな‥‥‥だいたいありゃなんなんだ?」 秋葉原に妖精が生息するなんて聞いたことがない。 (そもそもなんで俺だけに見えるんだ?) 俺は心の中で呟き「あーあ」と溜め息をついた。 「どうしたのかね?」 「わっ」 いきなり声をかけられた俺は思わず飛び上がった。 「ほっほっほ、まるで悪魔にでも追いかけられたようじゃな」 「お、おどかすなよ。じいさん」 声をかけて来たのは白髪頭の老人だった。 老人と言うには顔つきが精悍だったし、目も射すくめるように鋭かったが第一印象は あくまでもじいさんであった。 「うむ‥‥‥おぬし、悪魔召喚プログラムを持っておるな?」 「えっ‥‥‥なんで?」 「ふぉっふぉっふぉ、なに、気配がな」 「気配が?」 「ちょっと常人と違っていたのでな」 「‥‥‥なんのこっちゃ」 「もしかしてダイヤモンドワールドを探しておるのではないかな?」 「まあ、いちおう」 「うむ、来なされ。ここの五階じゃ」 「へっ?」 「ダイヤモンドワールドはここの五階にあると言っておるのじゃ」 「じいさん‥‥‥なんで、そんなに詳しいんだ?」 「ふぉっふぉっふぉ、わしがそこの店長じゃからじゃよ」 「げっ‥‥‥そうなの?」 「いいから来なされ」 老人は笑顔のまま階段を上がり出した。 俺も仕方無しにその後に続いた。 狭い階段を上がった所、そこがダイヤモンドワールドだった。 「で、なにをお求めじゃ?」 「えっと、悪魔召喚プログラムを実行するためのハードなんだけど」 俺は店内をキョロキョロしながら言った。 店内には通常の店にあるようなハードやソフトに混じって特撮かコスプレにでも 使う様な代物が並べてあった。 圧巻は体のあちこちにハードをぶら下げたマネキンだろう。 腕にキーボード、頭にでっかいメダルのような円盤、腰にはボックス、目の所には ディスプレイらしきモノアイ、それらがケーブルでつながっていた。 更に何を考えてるのか日本刀らしきものと銃を装備している。 (こりゃ、着替える時は大変だな) 俺はその様子を想像して笑った。 「ほう、そのサバイバルセットが気に入ったようじゃな」 「えっ?違う違う」 「ほっほっほ、照れんでも良い」 「誰が照れてるか!!」 「これはいいぞぉ、悪魔召喚プログラムのために設計されてシステムじゃ」 「‥‥‥あのね」 「まっ、これ以外のシステムだとまともに動くかどうか保証できんがな」 「つまりなにかい?このプログラムはこれを売るためにメールで配布したのか?」 「いいや、そういうわけではないぞ」 「じゃあ、どういうわけで」 「フッ、世の中には知らん方がよい事もあるのじゃ」 「ごまかすなって!!」 「店長、なにかあったんですか?」 俺が大声で叫ぶと同時に店の奥から店員らしき大男が現れた。 岩のような筋肉がTシャツ越しに圧迫感を放射していた。 いかつい顔つきはこんなコンピュータショップより鉄条網か金網で囲んだリングか 鉄格子が似合いそうだった。 「いやいや、お客さんと話をしておったのじゃ」 「そうですか?」 大男は俺をギロリと睨んだ。 「そうそう、そうなんですよ。あはははは」 俺は思わず愛想笑いをした。 「それならいいですけど」 そう言った大男は背中を向けると店の奥に引っ込んだ。 「ふぉっふぉっふぉ、うちの店員の前木じゃ、他に後木という奴がおるがのう」 「ははは、そうですか」 「ちなみにわしは役野(やくの)という、よろしくな」 「あはははは、よろしく」 俺は大男の消えた店の奥を眺めながら虚ろに笑った。 「で、どんな物が良いかな?サバイバルセットを使わないとなるとバラで集める事に なるが中核になるパソコンは持っておるのかな?」 「一応タワータイプの互換機を」 「うーむ、しかしそれでは持ち運びが出来んな」 「持ち運び?」 「悪魔召喚プログラムを本気で使うつもりなら持ち運びの出来るシステムを考えんと いかん」 「そうなんですか?」 「そうなんじゃ」 「………………これでは?」 俺はポケットからパームトップを取り出して聞いた。 「ほほう………確かに持ち運びには便利だがスペック的に苦しいな」 「やっぱり」 「CPUとRAMの非力さはともかく、外部とのインターフェイスがな」 「無理でしょうか?」 「ふむ………PCMCIAスロットとシリアルポートか………PCMCIAからバスを取り出して ………ブツブツ」 「あのぉ〜」 「………サバイバルセットの上に上乗せすれば可能かもしれんが………ブツブツ」 「もしもし?」 「………しかし、そうなるとわざわざこれを使う意味が………ブツブツ」 「………じゃあ、俺はこの辺で帰ります」 「待たんかぁぁぁいぃぃぃ〜〜」 「ひえぇぇぇ」 「ふんっ、良かろう。何とかして見せるわい」 「いや、無理にしなくても」 「だぁまぁらっしゃい!!」 「は、はいっ」 「ほれ、そのパームトップを貸さんかい」 「えっ………しかし」 「ぐずぐずするんじゃない!!おぬし男じゃろぉが!!」 「は、はいっ!!」 じいさんに怒鳴られた俺はほとんど反射的にパームトップを差し出した。 「ふむ、さて。暫く時間がかかるでな2,3時間ほど時間をつぶして来なされ」 「えぇ〜………はい」 俺はしぶしぶ返事をすると店の外に出た。 階段を降りて外に出た俺は自動販売機でジュースを買うとビルの壁を背に一服した。 煙草の煙を吐き出した俺の肩に誰かが手をかけた。 「ん?」 振り向こうとした俺の目の前、いや、正確には俺の肩の上に妖精がいた。 「わっ、こいつの事を忘れてた!!」 「*GGD&$%HFO’&#Kけぶへ%#」 「な、なんだなんだ何言ってんだ?!」 妖精の口から言葉とも鳴き声とも音ともわからないものが出て来た。 「KR5%#)=”9ん%#な53#$」 「だぁぁぁ、ちゃんと言葉を喋れよな!!」 妖精は何かを伝えようとしてるらしかったがなんの事やらさっぱりわからない。 「………………」 黙った妖精は暫く考え事をするように首を傾げていたがニィッと笑うと俺の髪の毛を 引っ張り始めた。 「こ、こらっ!!止めんか!!」 「ケラケラケラ」 「このぉ!!笑い声だけは人間と同じにしやがって!!離せってば!!」 「ギャン!!」 俺の振った手に当たった妖精はそのまま地面に落ちて悲鳴を上げた。 「あっ、わ、悪い。わざとじゃ、うぎゃーーー」 触ろうとした俺の指に妖精が噛付いた。 「あででで、離せ、離せ、話せばわかる」 俺は手を振り回したが妖精はしっかり噛付いたまま離そうとしない。 (うっ、力付くで離すのは簡単そうだが、握り殺したりしたら) なんせちょっと見は可愛い女の子である。 きっと目覚めが悪い思いをするに違いない。 「ううっ、いたたたた、頼みますよ離してくださいって」 だが、妖精は歯をむき出しにして噛付いている。 「ああ………そうだ!!へへへ、お嬢さん甘い物はお好き?」 俺はそう言いながらジュースの缶を近付けた。 「???」 妖精は警戒深そうに缶に目をやったが、その缶からの甘そうな匂いを嗅ぎ取ったの だろうか? 少し力が緩んだ。 「どう?甘いジュースだよ」 俺はなるべく相手を刺激しないように静かに囁いた。 妖精は俺の顔とジュースの缶を見比べて迷っているようだ。 噛付いた口の力はほとんど抜け、変わりに涎らしい物が口から出て来た。 「ねっねっ、謝るからさぁ、仲直りの印にジュース飲んでよ」 俺は猫撫で声を出して妖精に囁き続けた。 道行く人々が俺をおかしな目で見ていくのを感じたがこの際気にしてはいられない。 「ちょっと飲んでみる?」 俺は妖精が噛付いている掌の上に少しだけジュースを垂らした。 ゴクリ。 間近で見ているせいで妖精の喉が動くのがわかった。 「さあ、どうぞ」 俺は満面の笑みを浮かべて妖精に薦めた。 妖精は下から見上げるようにして俺の顔を見ていたが、ゆっくりと口をジュースの方 に動かし始めた。 俺は刺激をしないように囁くのも止めて妖精の動きを見守った。 ペロ、ジュースを一口舐めた妖精はそっと俺の様子を伺った。 俺はニコニコと笑ったまま動かなかった。 ペロペロペロ。 危険が無いと判断したのか妖精は残りのジュースも舐めとった。 そして、掌のジュースが無くなるとジィーと俺の方を見つめた。 「はいはい、おかわりね」 俺は取り敢えず危険が去ったのを感じて愛想良く妖精にジュースを振る舞った。 結局、ジュースを全部飲んだ妖精は満足げな顔をすると飛び上がって俺の頭の上に 乗った。 「6)#=MDIらK&で3$」 「うーん、何を言ってるかわからないけど取り敢えず機嫌は直ったみたいだね」 「GRK%($#56め………」 「いや、だから君達の言葉はわかんないんだよ………そうだ店の機械を使えば」 閃いた俺はなるべく平静を装って歩き始めた。 妖精は満腹しているせいだろうか?別に気にするでなくそのまま頭の上にいた。 「すいません」 「おおっ、もう来たか。だがまだ出来上がってないぞ」 「いや、そうじゃなくて店の機械を試さして貰えないかと」 「ほほう、そのピクシーと話をするつもりじゃな………このすけべぇが」 「そ、そ、そんなんじゃないって!!」 「ふぉっふぉっふぉ、若いモンはええのぉ」 「だーかーらー」 「いい、いい、みなまで言うな。ほれ、サバイバルセットを試すがええ」 「そんなんじゃないのに………ブツブツ、これだな、えっとヘッドセットを付けてと」 俺はマネキンが装備していたヘッドセットとモノアイを付けるとサバイバルセットの システムを起動した。 「アーアー、テステス」 「えっ、なに?どこから声がしたの?」 妖精が口を動かすとヘッドセットから女の子の声がした。 「おおっ、凄い!!本物だ」 「なになに?何が本物なの?」 「えーと、君は俺の頭の上にいる妖精君だね」 「きゃっ!!」 「驚かなくてもいいよ、この機械の力を借りて君を話をしてるんだ」 「ふーん、コンピューターで翻訳してるんだ」 「ぐっ、コンピューターって知ってるんだ」 「へへ〜ん、それぐらい知ってるよ〜だ」 「へいへい、おみそれいたしました」 「んで、私に何の用?」 「何の用って………それを聞きたいのは俺の方なんだけど」 「何で?」 「何でって、散々人を追いかけ回しておいてそれはないだろ」 「ああ、あれね。あれは単なる趣味よ」 「趣味って………あのなぁ〜」 「ほら、私達って普通の人間には見えないじゃない。退屈してたんだ」 「で、俺を退屈しのぎに追いかけ回したって?」 「そゆこと」 ガクッ、「………………」 「どうしたの?肩を落して」 「ドッと疲れた」 「いけないわねぇ、運動不足じゃないの?また、追いかけっこしてあげようか?」 「いい、遠慮しとく」 「覇気が無いわねぇ」 「はぁ………」 「おじんくさい溜め息ね」 「あにょなぁ」 「で‥‥‥仲魔になって欲しいの?」 「仲魔?なんじゃそりゃ」 「あら、知らないの?」 「そう言えば悪魔召喚プログラムのマニュアルにそんな事が書いてあったような」 「うーん、頼りなさそうな人ね………仲魔になるのは止めとこっかなぁ」 妖精は意味ありげな流し目した。 「もしかして、仲魔にして欲しいのか?」 「ち、違うわよ!!な、なによっ!!あなたが頼むなら仲魔になってやっても いいかなぁ〜って考えただけよ!!ふんっ!!」 「あっ、そう」 「なによぉ、その態度は」 「いや、別に」 「‥‥‥あのねぇ、普通はもっと熱心にナンパするものよ!!」 「ナンパって、仲魔ってそういうものなのか?」 「えっ、あっ、その‥‥‥い、今のは言葉のあやよ!!」 「ふう〜〜ん」 「だ、だいたいあんた生意気よっ!!」 (やれやれ、段々と論理を逸脱して来たな) 「な、なによ!!その目つきは?!」 「いや、で、仲魔になってくれるの?」 「えっ?‥‥‥ふふふふふ、どうしよっかな」 「話がはずんでいるところ悪いが」 その時、後ろから店長の声がした。 「あっ、なんです?」 「システムが出来上がったのでな」 「そうですか、で、どんな感じになりました?」 「ふむ、こっちに来なされ」 「はい」 「ちょ、ちょっとぉ、私の事はどうなるのよぉ!!」 「あっ、悪い。続きは後でな」 「R58F&^$KAか5W|vz!」 ヘッドセットを外した途端、妖精の言葉は再び意味不明になった。 「おぬしが嫌がってるようだから一応目立たないようにしておいた」 じいさんはそう言うとパームトップと一緒に色々な物を並べた。 PCMCIAのスロットに差すケーブル付きのカード。 そして、その先にはベルト用のフックの付いたボックス。 更にそこからいくつものケーブルが伸びていた。 「この先にセンサーユニットをつなげる」 ケーブルの先をつまみながらじいさんは説明した。 「センサーは複合型だから数はそんなに無いがそれでも3つはいるな」 そう言いながらじいさんはブレスレッドを取り出した。 「これが偽装したセンサーユニットじゃ、ケーブルは服の中を通せばよかろう」 「うーん、取り敢えず外からは見えないわけだな」 「他のセンサーユニットも装飾品に見せかけておいた」 じいさんはそう言いながらペン型だのバンダナ型だののユニットを取り出した。 「更にモノアイタイプのディスプレイはサングラスの形に仕上げといた」 サングラスとモノアイディスプレイを並べたじいさんは 「モノアイは予備じゃよ、それに夜にサングラスは不便じゃろうて」 「ああ、ありがとう………で、いくらになる?」 俺は恐る恐る値段を聞いた。 色々な事が一気に起こり、良く考える暇も無く勢いでここまで来たが、段々と自分を 取り戻しつつあった俺が一番気になったのは金の事だった。 「今、いくら持ってるかね?」 「えっと、確か4万ほど………」 「なら、2万でよかろう」 「えっ、でも、そんなんで?」 「元々金儲けのためにやってるわけでないのでな」 「………まさかパチもんなんて事は」 「あるかっ!!」 「でも」 「本来ならタダでもいいのじゃがな。一応お布施代わりに貰っておる」 「はあ?」 「それから、RAMカードの方は内容を転写して下取り品として貰っておいた」 「ええ〜っ!!」 「心配するな、このカードインターフェイスにRAMが内蔵されておる」 「しかし」 「容量もこっちの方が多いぞ」 「なら、いいです」 「ふぉっふぉっふぉ、現金な奴じゃな」 「早速試してみてもいいですか?」 「いいぞ」 俺はスロットにカードを差し込み、センサーを身に付けた。 サングラスをかけ、イヤホンを耳に装着する。 「もう!!私の話を聞きなさいよっ!!」 「あっ、正常に動作してるみたいです」 「当然じゃ」 「ああ、やっと話が出来るようになったのね」 「あの、サングラスに出てる表示は?」 「そんな事はマニュアルを読まんかいっ!!」 「ちょっとぉ、私を無視しないでよ!!」 「ああ、わかったって、で、なんか用かい?」 「だーかーらー、仲魔の話でしょ!!」 「で、仲魔になりたいの?」 「あのねぇ〜、あなたが私を仲魔にしたいんでしょ!!」 「そうか?」 「そうよ!!」 「仲魔になってもらったらどうじゃ」 「えっ、でも」 「それにな‥‥‥おまえさんが仲魔にしないとその子はこの世界で生きてはいけん」 「ど、どういう意味ですか?それは」 「悪魔はな、この世界で生きるのにマグタイトと呼ばれるエネルギーを必要とする」 「なんですか?そりゃ」 「まあ、一種の生命エネルギーじゃな。元来悪魔とは自然界の法則に従わぬ異端の 生命体なのじゃ、だから存在するだけで膨大なエネルギーを必要とする」 「ほう」 「それに最も適したのがマグタイトじゃ」 「でも、どんなものなんですか?」 「これとは言えんな。吸血鬼などは人間の生き血から吸収するし」 「げっ」 「他には人間とナニして吸収する場合も」 「そっちなら少し位は、あわわわ、じょ、冗談ですよ!!もちろん」 じいさんと妖精がジトォ〜と俺を見つめた。 「い、いいじゃないですか!!俺だって正常な青年男児なんですから!!」 「で、この子とナニするつもりなのか?」 「うっそぉ〜、信じられなぁい。私、壊れちゃうよ」 「だ、だから、冗談だって」 「目がマジだったぞ」「そうよね」 「と、ともかく、サイズが全然違うんだから」 「ほう、サイズが合えばいいと?」「まぁ、いやらしぃ」 「あのなぁ〜」 「まっ、冗談はこれくらいにしてだな」「もう終わりにしちゃうの?」 「あっ」 俺は豹変した二人の態度に見事にずっこけた。 「コンピューター内にデータとして存在する限りはエネルギーを消費する事はない のじゃ」 「なるほど、そういう事か」 「てへっ、そういう事なの」 「わかった仲魔にしよう」 「よしよし、仲魔になってあげるわ」 (こ、こいつは‥‥‥) 「なにか文句あんの?」 俺の不満気な視線に妖精がタカピーに言う。 「い、いや、別に‥‥‥でも呼び出す時はマグタイトが必要なんだろ?」 「マッカもね」 「マッカ?」 「魔界のお金よ。契約に基づいて召喚されるわけだから当然経済的なやり取りが必要 なわけよ」 「なんか、悪魔とは思えん言葉だな」 「昨今の悪魔は経済観念が必須なのよ」 「そういうもんかね」 「そうよ、日々勉強しとかないといざという時に苦労するもん」 「でも、マッカだのマグタイトだの言われても困るな……ここじゃ売ってないの?」 「売っとらん。詳しくは悪魔召喚プログラムのドキュメントを読むんじゃな」 「はいはい、じゃ、召喚プログラムを使うよ」 「うん、いいよ」 俺がプログラムを立ち上げ、コマンドを選択するとゆらゆらと妖精の姿が揺らぎ 始め光の粒となり消え去った。 「データを確認してみるがいい」 じいさんの言われたままデータをチェックすると、データが一個登録されていた。 「ん?エクシー?ピクシーじゃないな」 「うん?ほほう、珍しい名前じゃな」 「知ってるの?」 「知らん」 「‥‥‥‥‥‥」 「おそらく新種じゃな。うむ、おまえさんラッキーじゃな」 「‥‥‥‥‥‥」 「まっ、後は自分で頑張る事じゃ。では、勘定を済ませるか3万じゃったかな?」 「2万です!!」 「おおっ、そうじゃったな。では、2万じゃ」 「ったく、油断も隙もないもんだ」 「何ブツブツ言っとる。さっさと払わんか」 「へいへい、じゃ、2万」 「うむ」チーン!!「毎度あり、こちらがレシートじゃ」 「はぁ‥‥‥何か調子が狂うな」 「それからな」 「はい?」 「これは特別サービスじゃが」 「はあ?」 「もう残された時間は少ない。せいぜい頑張って仲魔を増やしておく事じゃな」 「何んですか?それは」 「ふぉっふぉっふぉっふぉ、時期が来ればわかる。時期が来ればな」 「???」 「それじゃ、頑張ってな」 じいさんはそう言うと俺に出ていくように手を振った。 「うーん、わけがわからんうちに話が進んでしまった‥‥‥まるで出来の悪い RPGゲームのようだな」 (現実なんて出来の悪いRPGそのものじゃない) 「なっ?」 俺は思わずきょろきょろと周りを見た。 (何やってんのよ。私よ、わ・た・し) 「エクシーか?」 (そそ) 「えっと‥‥‥しかし、マニュアルにはデータ状態の悪魔は仮死状態と同じと」 (私は特別なの。なんせ、電脳悪魔ですからね) 「電脳悪魔‥‥‥?」 (ピクシーから枝別れした新種族よ) 「はあ?」 (まっ、私が仲魔になった限りは大船に乗ったつもりでいていいわよ) 「はぁ」 (ささ、早く帰りましょ。これからの事を相談しなくちゃね) 「相談?これからの事?」 (オヅ、じゃない、じいさんも言ってたでしょ。時間が無いって) 「うん」 (あんた頼りないから私が色々教えてあげないとね) 「えっと」 (先ずは仲魔を増やさないとね) 「‥‥‥よろしく頼む」 こうして俺は頼りになるのか、ならないのか、よくわからない悪魔を仲魔にした。 まったく、世の中どうなってんだ? 俺は事の成り行きに大きくため息をついた。