超短編小説作品

軽いつもりで聞いたのに


 残念だけど俺はその質問にこたえられない。あなたといっしょに 暮らすようになってそろそろ一年になるけど、いつかその質問をさ れるんじゃないかとずっと思っていたんだ。そしてたったいま、あ なたはその質問を俺に投げかけてきた。
「どうしてあたしのことすきなの?」
 俺はその質問に対するこたえを持っていないんだ。いつか聞かれ るんじゃないかと思っていたからこたえを考えておこうとも思った んだけど、どうしてもいいこたえがうかばないんだ。理由なんてな いから。
 だいたい俺はいろんなことにあまり理由をつけないようにしてい る。どんなことでもそのこと自体が重要で理由にはあまり意味がな いし、きちんと理由があることなんてそんなにないし。例えばあな たに鼻の穴が二つあるのにはなにか理由があるかい。納得できる理 由なんてないよね。そういうことなんだ。俺はあなたに鼻の穴が二 つあるのと同じように、あなたのことがすきなんだ。これはその質 問のこたえになるかな。ならないね。
 俺とあなたがはじめて出会ったときのことを覚えているかい。俺 も詳しくは覚えていないんだけど、なんて言うか、俺はあなたと出 会ったと言うよりも、あなたを見つけたと言ったほうがしっくりく ると思うんだ。たくさん人がいる中で、俺はあなた一人を見つけた んだ。これはその質問のこたえになるかな。ならないね。
 いつだったか、突然あなたが船に乗りたいって言い出したことが あったよね。すごく天気のいい日だった。それで二人で港に行って 船に乗ったね。港内一周遊覧船。おんぼろで、趣味の悪い金色の船。 あなたは「こういうのじゃなくて。」って言ったけどすぐに「こう いうのもありか。」とかなんとか言ってすごくはしゃいでいたよね。 俺はお酒はあまりすきじゃないけど、楽しそうにしているあなたを 見るのはすごくすきなんだ。笑っているあなたを見るとすごくいい 気持ち。だからなるべくあなたが笑っていられるようにできたらい いと思う。これはその質問のこたえになるかな。ならないね。
 どうして俺はあなたのことがすきなんだろう。あなたのどこがす きなんだろう。でも、そんなことどうでもいいと思わないかい。俺 があなたをすきであなたが俺をすきで。それ以上なにがあるって言 うんだい。もしどうしてもこたえがほしいのなら、そうだな、
「あなたがそこにいるから」
かな。これはその質問のこたえになるかな。どうかな。


戻る