超短編小説作品

雑踏


 俺は街を歩く。日曜の街には人があふれていて、俺はたくさんの 他人と出会う。
 手をつないで歩くカップル、ひさしぶりにデパートに買い物に来 た厚化粧の主婦連中、ベンチに腰掛ける老夫婦、トイレを我慢して いる男の子、ヘッドホンから思いっきり音がもれている男、鳴らな いポケットベルを毎日持ち歩いている女、自動販売機でタバコを買 う高校生、パチプロ、ギター一本で古いフォークソングを歌い上げ る青年、それに聞き入る二人連れの女、外資系企業の営業課長、ナ ルシスト、バイトをさぼった学生、迷子、本気でナンパ待ちをして いる女、露店でアクセサリーを売る男、風邪ぎみの老人、携帯電話 に大声で笑う女子高生、鉄道マニア、人気のパン屋の前に行列を作 る人たち。
 雑踏の中で出会う人はみんな俺じゃない他人で、そのたびに俺は 俺なんだと確認できる。こんなにたくさん人がいたら俺が何人かい てもいいのに、俺は一人しかいない。たくさんの他人は俺の存在を 証明してくれる。存在を確かめられて、俺は少し気分がよくなって 微笑みを浮かべたりもする。
 日曜の午後の雑踏は衰えることを知らず、街は活気を俺に見せつ けてくる。そして俺は歩き続け、たくさんの他人と出会う。
 力の限り母親の手を引く女の子、はじめてのデートで舞い上がっ ている中学生、ひまを持て余すマッサージ師、そば屋の出前持ち、 私服警官、車の上で口だけの公約をする代議士、その横で手を振る 女、インターネットで出会った新婚夫婦、偽造テレホンカードを売 り歩く男、どうしようもなくサングラスが似合わない女、ファース トフードの店員、サッカー部のマネージャー、むだに足の長い女、 待ち合わせをすっぽかされた男、小石を蹴り続ける小学生、チャン スをうかがうスリ、二股をかけている女、それに気づいていないふ りをしている男、笑顔の絶えない家族連れ、アマチュア小説家。
 俺の姿をショーウインドウに映してみる。自分の足で立っている 俺が見える。他の誰かがいなくても俺は俺だが、もし他に誰もいな くなったとしたら俺は俺でいられるだろうか。俺はここで、この街 の中で、他人との微妙なバランスの中に存在している。しかしだか らといっていきなり誰もいなくなることなどあるわけはなく、俺は これからもずっと他人と関わり合いながら、そのバランスを楽しみ つつ生きていく。バランスを失いそうになったら、また街を歩けば いい。


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