超短編小説作品

姉になった日


 私はもうすぐ姉になる。まさか十七にもなって弟だか妹だかがで きるとは思わなかった。
 私の母は、私を産んですぐに亡くなった。その後、父は再婚。たっ たいま、私の二人目の母親が、新しい家族を産むべく分娩室に入って いった。早朝、まだ外は暗い。
 私は、一年ほど一緒に暮らしてきたこの二人目の母親をいまだにあ まり好きになれないでいる。なにが気に入らないということがあるわ けではないが、母として受け容れられないでいる。私にとって彼女は 書類上の母親であり、それ以上でもそれ以下でもない。そして、彼女 がいま産み落とそうとしている新しい家族に対しても、同じ気持ちだ。 私はその子に姉として接することができるだろうか。書類上のではな い姉になれるだろうか。
 いつのまにかすっかり夜が明けて、外は明るくなっている。思いの ほか、出産に時間がかかっているようだ。今日は学校を休もう。なん となくそう思い、そのことを友達に伝えようと、公衆電話を探した。 しばらく廊下を歩くと、人の気配のしない静かなロビーの一角に、緑 色の電話機があった。
 受話器に伸ばした左手の先がそれに触れた瞬間、突然電話機が呼び 出し音を奏で始めた。その音は、緑色の電話機によく似合っていて、 まったく違和感を感じない。違和感のない音ではあるが、公衆電話が 呼び出し音を鳴らしているのは不自然だ。私は戸惑った。誰かがここ に電話をかけているのだろうか。しかし、この電話は誰のものでもな い。誰にあてた電話なのだろう。私が考えている間も、電話は鳴り続 けている。静かなロビーに、呼び出し音が響く。
 ロビーには私のほかに誰もいない。私がここに来たときに電話が鳴っ て、私のほかに誰もいないということは、この電話は私にあてたもの なのではないだろうか。そうだ、きっとそうに違いない。私は確信を 持って受話器を取った。
 受話器から聞こえてきたのは、一定のリズムを刻む断続音。とても 小さくて消え入りそうな音だが、そのパルスは私の耳にはっきりと届 いている。そして、とても暖かい感じがした。私はしばらくただ黙っ てそのリズムを聞いた。いつのまにか速くなっていた私の鼓動が、そ のリズムを聞いているうちに静まってきた。そして、聞こえてくるリ ズムと私の鼓動のリズムが一致したと感じた瞬間、電話は切れた。
 分娩室のほうから、元気な泣き声が聞こえてきた。私はたったいま、 姉になった。


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