超短編小説作品



 サスケは夜中に目が覚めた。窓を開けて空を見ると、満月になり きれなかった月が、雲の陰に隠れて輪郭をごまかしていた。全裸の サスケはそんな月にひとつ微笑みを送り、窓を開け放したまま、バ スルームへ向かった。
 サスケは熱いシャワーを全身に浴びたあと、でたらめな鼻歌を歌 いながらタオルで体をふき、洗面台の鏡の前に立った。鏡はすっか りくもってしまっていたので、右の手のひらで鏡をなでて、くもり を落とした。しかし、くもりの晴れた鏡には、サスケの背後の汚れ た白い壁しか映っていなかった。鏡の中にサスケがいなかった。
「あれ?」
 サスケは左手に持っていたタオルで鏡に残った雫をふき取ってみ たが、やはりサスケの姿は映っていなかった。
 鏡。鏡はどんなものでもありのままに映し出す。そんな鏡がサス ケは好きだった。それなのに、鏡の中にサスケがいない。サスケは なんだか鏡に嫌われたような気がした。
 サスケは目を閉じ、小さく深呼吸をした。サスケのまわりは、サ スケも含めて、とても静かだった。もう一度目を開いたら鏡に自分 が映っているかもしれない。そんな期待を持って、サスケはゆっく りと目を開いた。しかし、鏡に変化はなく、あいかわらずサスケの 姿は映っていなかった。
「俺はここだよ。」
 鏡との距離を保ったまま、サスケは必要以上にやさしい声で鏡に 呼びかけた。鏡は黙っていた。
「俺はここにいるよ。」
 もう一度、さっきよりももっとやさしい声で呼びかけたが、鏡は 黙っていた。
「俺じゃだめなのか?」
 サスケのその問いかけに、鏡は少し困ってしまった。だめとか、 そういうことじゃないんだ。鏡は、自分でもよくわからないこの気 持ちをサスケに伝えなければならないと思ったが、言葉が見つから ず、ただ黙っていた。今はなにを言ってもサスケを傷つけてしまう ような気がしていた。
「そうか、わかった。悪かったな。」
 サスケは自分の映っていない鏡を見つめたままそう言うと、ベッ ドに戻ってまた横になった。鏡はなにもこたえなかったことを少し 後悔したが、サスケのためにも鏡自身のためにもこの方がよかった と思い直して、仕事に戻った。
「サスケ、サスケはちっとも悪くなんかないよ。」
 その声がサスケに届いたかどうかは、サスケにしかわからない。 サスケは穏やかな寝顔で、深い眠りに落ちていった。サスケが閉め 忘れた窓から、月が雲ごしに一部始終を見ていた。


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