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コラム「たかが競馬というけれど」連載第1回〜第5回


連載第5回・すばらしきかなエイシンバーリン
(1998年11月29日)
 1998年11月28日、第34回CBC賞。単勝200円の1番人気におされたエイシンバーリン。メンバー的にも楽にハナをきれそうで、前走スワンS2着好走からここは押し切り濃厚という見方が圧倒的だった。
 そしてスタート。良くも悪くもなくいつもどおりのスタート。先頭に立つべく南井騎手は手綱をおす。しかし内で好スタートを切ったサウンドワールドが馬なりでハナへ。エイシンバーリンは2番手追走を余儀なくされる。3〜4コーナーのカーブではいい手応えのサウンドワールドに対し南井騎手の手は動きっぱなし。ここでいっぱいでずるずる後退かと思われた。そのままサウンドワールドが1馬身ほどのリードを取って直線へ。残り200までサウンドワールドが先頭。しかしエイシンバーリンがじわりじわりと差を詰める。そこへ大外からマサラッキが飛んできて突き抜けて1着。その後ろで熾烈な2着争い。粘るサウンドワールドと信じられない粘りで伸びてきたエイシンバーリン、さらには内をついたフェイマスケイと3頭並んでゴール。結果、エイシンバーリンが3着フェイマスケイをクビ差おさえて2着。
 エイシンバーリンのこの粘りには感激した。いつもはハナをきって直線で後続の追走に絶えるといった形だが、とりにいった先頭をとれなかったのに前にいた馬を抜いた。追えるジョッキー南井騎手とそれにこたえたエイシンバーリン。このコンビ、エイシンバーリンのラストランとなる次走スプリンターズSでも期待してよさそう。強敵タイキシャトルが立ちはだかるが、12戦11勝のタイキシャトルの唯一の敗戦は逃げ馬をとらえられなかったもの。タイキシャトルを後ろから差すのは困難なだけに、金星の可能性をもっているのはエイシンバーリンのみといってもいい。
 エイシンバーリンはこの1年半勝ち鞍こそないが、今回のCBC賞で重賞3連続2着。春の高松宮記念でも僅差の3着だったし、7歳にして衰えるどころかますます充実している感じさえある。引退レースの次走、完全燃焼が見られる。

連載第4回・新馬券「ワイド」
(1998年11月12日)
 1999年秋にJRAで導入予定の新馬券、拡大馬連の愛称が「ワイド」に決まった。このネーミングはわかりやすくていい。しかしこの新馬券導入については「?」である。
 今ではもっとも発売額が多くなっている馬番連勝の導入のときは、折からの競馬ブームもあり、売り上げアップへの効果はてきめんだった。それは既存のどの馬券よりも配当が大きくなる方式だったからである。しかし、今回の拡大馬連「ワイド」は配当は低い。低配当でたくさんの人が的中できるようにしようという狙いだろうが、これでは競馬ファンがなびくとは思えない。それよりも地方競馬では主流になっている連勝単式馬券を導入するべきではないか。枠単・馬単は当然、現在の枠連・馬連よりも的中がむずかしく、そして配当が高い。こういうものこそが一攫千金を夢見るファンの心をつかむ馬券ではないか。
 「むやみに射幸心をあおってはいけない」と言われることがあるが、ギャンブルと射幸心を切り離そうとでもいうのか。言うまでもなく、競馬はスポーツであると同時に、公営ギャンブルである。射幸心なく馬券を買う人はいない。
 はたしてこの新馬券「ワイド」は停滞しつつあるJRAの売り上げへの起爆剤となるかどうか。そして、中央競馬に連勝単式馬券が導入されることはあるのか。

連載第3回・アンチサイレンススズカ
(1998年11月2日)
 1998年11月1日、第118回天皇賞・秋。先頭を走っていた圧倒的人気のサイレンススズカは4コーナー手前で故障発生。左手根骨粉砕骨折と診断され、予後不良となった。
 私はアンチサイレンススズカ派だった。天皇賞・秋の予想では◎をうったが、他馬を惑わす超ハイペースと衰えない末脚は1周回ってはいゴールといった感じで、サイレンススズカは、直線の追い比べがすきな私にとって、その力は認めざるを得ないものの、レースの魅力のひとつを奪ってしまう馬に他ならなかった。しかし、今思うとかなりサイレンススズカに魅了されていたのかもしれない。魅了されていたからこそ、サイレンススズカを馬券の対象から外したり、弱点や不安要素を探すのに躍起になっていたのかもしれない。
 今年のサイレンススズカは昨年までとは馬が変わったように強かった。思えばサイレンススズカの名前をはじめて覚えたのは4歳時の弥生賞。新馬戦を勝って2戦目のサイレンススズカは発走直前にゲートをくぐってしまい、馬体検査のあと外枠発走。当然レースにはならずに結果は8着。皐月賞出走は断念したが、500万下、ダービートライアルのプリンシパルSと連勝。ダービーでは4番人気におされた。当時の専門誌のコメントで「この馬は本気で走ればいちばん強いが本気で走るのは一生に一度あるかないかだろう」というのがあった。素質の高さと気性の激しさが共存していた当時のサイレンススズカを表現するのに言い得て妙だった。そのダービーは9着。
 4歳秋。3ヶ月ぶりとなった神戸新聞杯で1番人気。道中抜群の手応えで逃げ、勝ったと思った瞬間に後方から突っ込んできたのちの菊花賞馬マチカネフクキタルに敗れる。このレースでゴール前に気を抜いたとして上村騎手は降板。次走天皇賞・秋では河内騎手に乗り替わりとなる。その天皇賞・秋では常識を越えたペースでの大逃げ。この逃げ方は半年後にサイレンススズカの競馬として定着するのだが当時のアナウンスは「これでいいのか河内洋」だった。結果4角すぎに息が持たずに失速、6着に敗れた。このあたりでサイレンススズカは話題に事欠かない馬として一部の競馬ファンの心をつかみつつあった。その次に臨んだマイルCSではスタートで出遅れ、さらにレース中に鞍ズレが発生、見せ場なく15着に終わる。
 そして香港遠征。国際G2香港国際カップに出走、ここで武豊騎手と出会う。武騎手ははじめてまたがったときの印象を「こいつは化け物だと思った。」とのちに語っている。無声鈴鹿と漢字をあてられたサイレンススズカは香港でも大逃げをうったが結果は5着。4歳時の成績は【3105】で、この時点では重賞未勝利の普通のオープン馬だった。
 そして年が明けて5歳になったサイレンススズカは破竹の6連勝を飾る。2月のバレンタインSで超ハイペースでとばしながら上がり3ハロンを36秒0でまとめて圧勝。そのときはまだ陣営も半信半疑だっただろう。そしてその後、オーバーペースとも言える逃げとゴール前でもスピードが衰えない二段ロケットと形容された末脚を武器に、坂のあるコース、小回りコース、距離延長、斤量とハードルを乗り越えながら中山記念、中京で行われた小倉大賞典、金鯱賞と重賞を次々に勝ち、稀代の逃げ馬の地位を確立していく。特にレコード勝ちした小倉大賞典、金鯱賞あたりから「けんかをうったら負ける、つぶれるのを待つかあきらめて2着狙いに徹するしかない」という考え方が広まった。私は金鯱賞を見て、2着狙いに徹しているとしか思えない宝塚記念出走予定馬に憤慨していたものだ。
 4連勝で迎えた宝塚記念、武騎手はエアグルーヴに騎乗、代役は南井騎手。2200への距離延長、各馬が勝ちに来るG1レース、そして騎手の乗り替わりとアンチサイレンススズカ派である私は不安要素を並べ上げ、1番人気サイレンスズカ恐れるに足らずといった予想をこのサイトに載せた。結果はご存じの通り。仮柵はずしの内枠グリーンベルトを通ったとはいえ、先輩G1馬を相手にあざやかな逃げ切り勝ち。私も遅ればせながらサイレンススズカの実力を認めざるを得なかった。
 夏に一息入れて秋初戦の毎日王冠。エルコンドルパサー、グラスワンダーの無敗4歳馬との対戦で話題になったが終わってみればサイレンススズカの圧勝。同日に行われた京都大賞典でメジロブライト、シルクジャスティスの両馬が逃げた4歳馬セイウンスカイをとらえきれなかったこともあって、天皇賞・秋制覇が目の前まで来ているという見方が固まった。
 そして運命の天皇賞・秋。悲劇と言うには悲しすぎる出来事が起こってしまった。単勝オッズは最終的には140円に落ち着いたが前々日売りでは110円。1枠1番の絶好枠をひいたこともあって、圧倒的な人気だった。過去10年、1番人気馬そして逃げ馬は勝っていないというジンクスがあったが、それに終止符が打たれるときが来るはずだった。けんかを売ると見られたサイレントハンターもこの枠順ではお手上げ、控える競馬を余儀なくされる。2コーナーポケット地点から発走の府中2000コース。抜群のスタートを見せたサイレンススズカは難なく先頭に立つ。前半1000メートル通過が57秒台とこれまでよりも速いくらいのペース。いつものとおりのオーバーペースだがやはりこれが命取りだったのだろうか。4コーナーの手前、なにかにつまづきでもしたかのようにがくんと前脚を折ったサイレンススズカはそのまま失速、ゴールすることはできなかった。レースは6番人気の8歳馬オフサイドトラップが勝ち馬連万馬券決着となったが、そのことよりもサイレンススズカの故障のほうが強く印象に残るレースとなった。
 アンチサイレンススズカと言ってはばからなかった私だが、ここまで克明にデビュー当時からのレースを覚えている馬は他にはいない。昨年から今年のはじめにかけて、マヤノトップガン、サクラローレル、バブルガムフェロー、マーベラスサンデーといったスターホースが相次いで引退し、新たなスターホースの登場を待ちこがれていた中央競馬界。今年のサイレンススズカはまさにそのスターホースとなるべき存在だった。しかし、夢半ばにして散ってしまい、その血統すら後世に残すことのできなかった超個性派サイレンススズカ。血は残らないが、記録と、そしてなにより競馬ファンの記憶に残る名馬である。そして私はアンチ派として、サイレンススズカを記憶にとどめる。

連載第2回・仮柵移動に疑問
(1998年10月30日)
 今週から東京競馬場はBコースを使用。仮柵が約6メートル内側に移動されてその分いわゆるグリーンベルトができる。これは例年通りで、皐月賞が行われた中山競馬場、宝塚記念の阪神競馬場でも同様の措置がされているが、はなはだ疑問を感じる。
 今まで仮柵の内側だった部分は言うまでもなくまったく傷んでいない。一方その外側は雨の中でのレースもあったため相当傷んでいる。後方待機の差し馬は道中はともかく直線では外に持ち出さざるを得ず、先行馬はかなりのアドバンテージを持つことになる。事実、今年の皐月賞では2番手から抜け出したセイウンスカイが、宝塚記念は逃げたサイレンススズカがそれぞれ勝っている。皐月賞でスペシャルウィークに騎乗した武豊騎手がこの措置に文句を言っていたが、今度はサイレンススズカでその恩恵にあずかりそう。
 もちろんいいコンディションでレースを行いたいというのはわかるが、同一レース内に馬場の有利不利が顕著にでてしまうのはいただけない。特にG1レースともなれば各馬同じ条件で争ってほしい。

連載第1回・秋華賞は本番一発勝負
(1998年10月24日)
 秋華賞はもっとも好きなレースのひとつ。春に活躍した馬、夏に力を付けてきた馬がぶつかる。しかも内国産外国産入り混じっての混合レース。まさしく4歳女王を決めるレースである。
 東西でトライアルが1戦ずつというのもいい。関東馬、関西馬、それぞれがトライアルレースを経て本番ではじめて顔を合わせる。つまりトライアルでは各馬の勝負付けが済んでいないのである。馬券を組み立てる上で各馬の能力比較を重要な要素にしている人は多いと思うが、西の馬と東の馬を比較するとき、対戦成績は春のものしかない。強い馬は当然春から成長しているし、春には表舞台にでてこなかったいわゆる夏の上がり馬という存在もある。勢力地図ができあがらないまま、各馬が対戦相手に対しての不安要素を抱えたまま、本番一発勝負なのだ。
 例えば昨年のメジロドーベルとキョウエイマーチの比較は困難きわまりなく、人気がまっぷたつにわかれた。結果はご存じの通り、メジロドーベルがキョウエイマーチに2馬身半つけて完勝。
 そして今年、西の横綱ファレノプシスと東の横綱エアデジャヴーが激突。オークス馬エリモエクセルの不可解なぶっつけ出走もあって、この2頭が人気を二分しそう。それぞれ昨年の2頭と立場が似ている。さらに東西トライアルの2着馬ナオミシャインとビワグッドラックはともに成長株。そして前述のぶっつけ出走オークス馬、エリモエクセル。各馬の能力比較ができないまま、本番一発勝負。

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