路面電車
私は路面電車が大好きで、ことのほか、古ぼけていて、今にでも壊れそうな、中に入ると埃の匂いとお日様の匂いが立ちこめているような、そんな電車を見ると無性に乗りたくなってしまう。 普段、景色の見えない地下鉄に乗り、知らず知らずのうちに時間の計算をしてしまうような毎日を送っている私にとって、民家の庭先や軒先に干してある布団をかすめてのんびりと走っていく路面電車は憧れなのかも知れない。 特に古い車両に心惹かれるのは、日常乗っている電車とは趣きが違って温かみを感じるからなのだろう。木の板が並んでいる床ひとつにしても長い間の汚れで黒ずんではいるが今までちゃんと働いてきたという誇りや痛みを感じられる。そしてそれ自体がひとつの長い時間を運んでいるように さえ思う。 もう、随分昔の事になるが、実際に見た光景であったか、夢であったか分からないけれど、私の悩裏には橙色の夕日を背中に浴びて気持ち良さそうにうたた寝をしているお婆さんの姿が写真か何かのようにくっきりと浮かぶ。その時の私もとても満ち足りた思いでその人を眺めていたようだ。 そういうゆったりとした時間が古い路面電車に良く似合う。 私が路面電車に乗りたがるのは夢を見たいからなのだろう。ゆったりとした電車の子守り歌で、懐かしい夢を見ていたい。そう思って乗ってみたが、夢はいつか覚めるもの。終点に着いた後、電車を降りるとまたすぐに現実に覚めてしまう。いい夢を見た分だけその落差は大きい。 それでも私は夢を見ずにはいられないのである。 |