こんな日に限って。
いらいらしながら今朝から何度も同じことを考えていた。今日は1年に1度しかない日。それなのに。悔しくってきゅっと唇をかみ締める。自分だってこんな日に邪魔されたら怒るだろうが。
そこまで考えてから、いやと首を振る。
彼は知らなかったのだ。今日がどんな日であるかを。だからこういうことになってしまったのだ。自分でもっと早く彼女に話していればよかっただけなのだ。
何度も堂堂巡りをして毎度同じ結論にたどり着く。もういいかげんに疲れてきた。
簡単に夕食を済ませて、もう考えるのはよそうと、ソファに座って本を読んでいると玄関のチャイムの音がする。立ち上がりながらちらりと時計を見るともう10時を回っている。こんな時間に、一体誰だろう。壬生は訝りながら玄関口まで出て、覗き窓から外を見て、そして慌てて玄関のドアを開けた。
「龍麻…!」
そこには今ごろ如月の家にいるはずの龍麻が立っていた。
「ふふふ、ごめんね、こんな時間に。お邪魔だったかしら?」
「あ、いや、かまわないよ。」
慌てて平静なふりをする。
「入ってもいいかしら?」
「ああ、どうぞ。」
スリッパをそろえてやると、彼女は悠然と家に上がりこむ。
「今日は、如月さんと会うんじゃなかったのかい?」
壬生が尋ねるとふふっと含みのある微笑を見せてから答える。
「ええ、そうよ。もう用事は済ませてきたの。」
「食事は?」
「もう済んだわ。紅葉は?」
「ああ、僕も済んでいる。」
龍麻はお構いなしに話しながらベッドルームに入っていった。僕も後に続いてベッドルームに入る。彼女はベッドサイドまで来るとくるりと振り向いて微笑んだ。
「そう。じゃあ、いいのね?」
何が、と問い掛ける間もなく、龍麻が鞄から取り出し、僕の前に掲げたのは太陽針。
「龍麻っ!」
すぐに僕の目は見えなくなってしまった。この類のアイテムを見かけるのは久しぶりで、しかも自分に使われるとは思っても見なかったので油断してしまった。
「龍麻、一体どういう冗談だい?」
暗闇の中、龍麻に尋ねる。
「うふふふ。すぐにわかるわよ。」
そう言って、がさりと再び鞄からなにやら取り出す音。そしてすぐに僕の体は動かなくなった。どうやら今度は麻沸散を使ったようだった。そうか。今日の如月さんの家に行くというのはこれらのアイテムの入手のためだったかと、そのときにようやく気が付いた。
抗議の声をあげたいのに、麻沸散の効果で口も効くことができない。一体、龍麻は何をやらかす気だろうか。
もしかしたら、僕が邪魔になった?ふと、恐い考えが一瞬脳裏をよぎるが、それならばこんな手の込んだ方法を使わずとも、龍麻が一言、僕に死ねと命令すれば喜んで死ぬことぐらい彼女は知っている。
ならば、何が目的か。
麻痺して動かない僕の体をベッドに横たえて、龍麻は耳元で囁いた。
「すぐに直すからね。」
なにやら龍麻がごそごそと作業している音が聞こえる。しばらくしてきゅきゅっという音が何度か聞こえ、それと共にベッドが軋んだり、龍麻があちこちに移動している気配がする。一体、何のつもりだろうか。
「これでいいわ。」
ふふふと、菩薩眼のような笑いと共に龍麻がベッドから下りる気配がした。
それからすぐに僕の目は見えるようになり、体の麻痺も解けて自由が戻ってきた、はずだった。目は見える。ベッドルームの天井がはっきりと写っている。なのに、体の自由は全く利かない。麻痺をしているわけではないようだ。なぜなら手首と足首に何かの感覚がある。首を動かして手首を見てみると、白いロープが手首に巻かれているのが見える。何だ、これ?反対側を確認するとこちらも同じようにロープでしっかりと結んである。
「龍麻。どういうことだい?」
「見ての通りよ。」
うふふふともう一度、彼女が微笑んだ。ベッドサイドを見ると、既に服を脱いでいる彼女が僕の横に座っていた。そのしなやかで美しい肢体に思わず眩暈を覚える。どくんと全身の血が下半身に集まっていく気がした。それでも平静を装って龍麻に尋ねる。
「だから、何で縛ってあるんだい?」
「動かないで欲しいの。」
答えになっていない答えに不満で、抗議の声をあげようと口を開こうとすると、彼女はすっとかがんで僕の唇に軽いキスを落とす。
「今日が何の日か覚えてる?」
彼女は艶然と微笑みながら僕に尋ねた。
「僕の誕生日だね。」
「ええ、そうよ。だから。」
そう言って彼女は再び僕にキスをする。今度はさっきよりも長いキス。
「今日は、私がしてあげるわ。」
悪戯っぽく笑ってから、三度目のキス。彼女の舌がすぅっと伸びて僕の口腔内を自由に動き回る。僕の舌に絡みつく彼女の甘い唾液はつぅっと糸を引いて離れていく彼女の唇と僕の唇をつないだ。
「紅葉。お誕生日おめでとう。」
ぞくりとするほどの妖艶な微笑で言うと龍麻はベッドの上に乗って来て、僕のお腹のあたりに馬乗りにまたがった。そこで気付いたのだが、僕はとうに服を脱がされて、裸のままベッドにくくりつけられていたらしい。彼女は僕を見下ろすとうっとりと目を細めて見惚れるような表情を浮かべる。
「紅葉、とても綺麗よ。」
「それはどうも。」
「お世辞じゃないわよ?」
「きっと、他の人にも言っているんだろう?」
少し不貞腐れたように僕が言うとくすりと彼女は小さく笑う。
「綺麗な人には。」
済ました顔で答える君に、僕は思わず『如月さんにも?』と聞きそうになった。けれども最中に他の男の話をするのは余りにも無粋で、喉元からそのまま言葉を飲み込んだ。
けれども彼女には僕の言いかけたことがわかっていたようで、龍麻はふっと笑うと、僕の首筋に唇を這わせる。
まるで、吸血鬼に血を吸われるように、彼女は僕の首筋に紅い印をつけていく。それはぞくぞくという、今まで彼女を抱いた時には覚えのない、肩甲骨のあたりから這いずり回る奇妙な感覚を伴っている。気を抜けばふわりとどこかに連れ去られそうな、気の遠くなりそうな、それでいて気持ちのよい感触。その感触に下肢が震えて、一気に血が僕のものに流れ込んでいくのがわかる。
彼女は少しづつ唇をずらしていき、いつのまにか僕の胸のあたりを這っていた。
「ここはどうかしら?」
くくくと喉で笑いながら彼女は僕の胸を吸い上げた。ちゅっという音と共に僕の背筋がびくりとしなる。一体、どうしてしまったのだろう。こんな感覚は初めてだ。いつも龍麻を抱いているときには、ただ龍麻の中に入りたくて、中に自分の欲望の全てを吐き出したくて、それだけだったのだ。それが、今、この感触はなんだ?龍麻の唇が僕の肌を滑り、紅い印をつけていくたびにぞくぞくと得体の知れない感触が走り回る。戸惑う僕に、龍麻は遠慮なしに愛撫を与えつづける。
「感じるんでしょう?我慢しなくてもいいわ。」
楽しんでいるような口調でそういうと、龍麻はさらに唇を下に這わせていく。右の脇腹を通り体の側面をしばらく散歩した後、やがて、脚の付け根のあたりに唇が触れる。
「うっ…。」
その余りにも甘美な感触に思わずうめき声が出てしまった。同時に、すでに屹立しているものがさらに怒張してしまうのが自分でもはっきりとわかる。どくん、どくんと熱く脈打つそれは、早く龍麻の中に入りたくてびくびくと震えている。
「まだよ。」
今度は左足の付け根に唇を這わせる。びりっという電流のような感じが体中に流れ、下肢が再び大きく震えた。とろりと、先端から透明な雫が毀れだしている。
「龍麻…中に入りたいよ。」
「もう少し…ね?」
普段の龍麻はこんなに色っぽい声だっただろうか。ぞくぞくと体中に走り回る感触がそう感じさせているのか。心地よいけれど、どこか屈辱的な快感から逃れたくてもしっかりと手首足首を固定されていて叶わない。逃れたい?いや、本当は逃れたくないのかもしれない。先ほどから与えられつづけている快感に僕の体は哀れなほどに反応し、悶えている。 龍麻に抱かれている。そう思うと、男としては多少屈辱的だけれど、どうしようもないほどに感じて、それを喜ぶ僕の体はこれから訪れる悦楽を期待して、さっきからよだれのように雫をこぼしつづけていた。
すぐに僕のものを龍麻が急に握り締める。
「あぅ。」
それだけで放ってしまいそうなほど怒張していたそれは龍麻の手のひらの中でびくびくとし、今にも吐き出さんとしている。
「だめ。」
彼女はその様子にきつい口調でそういうと、ぎゅっと根元を思い切り握る。僕が顔をしかめるのを口の端だけで微笑んで、それからそっと彼女の手に握っている僕のものに顔を近づけた。
「んっ。」
思い切り根元を握られた衝撃で萎えかけた先端が暖かいものに包まれる。見ると、龍麻が口に含んでいたのだ。龍麻を抱くようになってから、何度か体をつないだけれど、口でされるのは初めてで、その予想外の行動に驚くよりもさきに快感が頭に届いてしまった。
「ああっ。」
染み出た雫を舐め取るようにすると、今度は舌先を尖らせて形をなぞるように舐めていく。その感触が気持ちよすぎて再び怒張を始め、びくびくと震えながら開放しようとするが、また龍麻に思い切り握られる。そうして何度か先端部分に染み出た雫を吸い上げられるようにされ、精を吐き出しそうになる寸前で龍麻に禁止され、行きたいのにいけない状況に追い込まれて気が狂いそうになる。
「龍麻、早く…。」
息も絶え絶えに龍麻に言う口調が、いつのまにかねだるような口調になっていて、自分でもおかしいと思う。龍麻は僕の頼みにも返事をせずに奥までゆっくりと龍麻の喉の一番奥深くまで含むと、今度はまたゆっくりとそれを口の中から出していく。唇をかみ締めてその快感に耐えていると、次第に龍麻の動きが速くなり始めた。
ただでさえ、さっきから何度もお預けをくっているのである。そうそう長くは持ちこたえられるはずがない。
「ダメだ、龍麻、出ちゃうよ。」
その声は自分でも驚くほどの甘えた声で。
龍麻はそれでもそのまま動きを止め様とはしなかった。それどころか、さらに早く動き始め、とうとう僕の我慢も限界に近くなっていく。
「龍麻…離して…。」
懇願する声に耳も貸さずに、龍麻の動きが続く。切れるほどにかみ締めた唇の効力もなくなり、やがて、僕はそのまま龍麻の口の中に思い切り放っていた。
どくり、どくりと僕が放つその震えにあわせて、龍麻が吸い上げるようにしていく。まるで魂まで彼女に吸い取られるような錯覚に陥りながら、僕は緊張した全身の力を徐々に弛緩させていった。
ぼんやりと、いってしまったあとの虚脱感を感じながらそのまま天井を見つめている。まだ体の中にある熱い芯はとけ残っているような気がする。いつもだったら1度果ててしまえば、ある程度はすっきりするというのに、今日はまだそれでは我慢できない気がした。何度も行きかけて止められたせいだろうか。
下半身にともる埋み火のようなけだるさをもてあましていると、そろりと、再び僕の者はゆっくりとその首をもたげ始めた。
「うふふふ。」
龍麻が隠微に微笑んだ。
「やっぱり、あれじゃ終わらないのね?」
そういうと彼女はゆっくりと僕の腰のあたりに馬乗りになった。そうして、腰をあげ、僕のものに手を添えると、そのまま彼女の密壷にぴたりと僕の先端をあてがった。既にそこはぬるりと、受け入れるのに充分なほどに潤っている。
そうして、彼女は狙いを定めると一気に腰を沈めた。
「ううっ。」
龍麻の中は熱く、襞がうねっている。少しきつめの中は何もなしに入るのは初めてで、そのまま気を許すと再び吐き出してしまいそうなほどだった。
「龍麻、妊娠するよ?」
掠れる声でそういうと、僕の上で龍麻が快楽に僅かに眉を寄せて、とろんとした目のまま呟くように答える。
「そうしたら、責任とってね?」
「それはいいけど。」
「今月は、紅葉とだけよ。」
そう言いながら龍麻の腰がゆっくりと、上下に動き出す。初めて何もつけずに入る龍麻の中は、今までとは比べ物にならないほどよくって、龍麻のゆっくりした動きでは我慢できず、縛られてさえいなければ激しく龍麻を突き上げたい衝動にかられた。
「龍麻、もっと…。」
「もっと?」
「もっと、動いて。」
僕の頼みにくすっと小さな笑みをもらすと、若干腰の動きを早めてくれる。
「んんっ…あ…。」
感じてきたのか、龍麻も喘ぎ声をあげるようになってきた。それと共に段段と動きも早まり、同時に上下だけではなく、こねるような動きも加わってくる。
こうして龍麻が上になるのは初めてで、これほどいいとは思わなかった。縛られて手足の自由が利かないのに。否応もなしに、龍麻に弄ばれ、入れられて。それはまるでレイプのよう。そこまで考えてどきりとする。最初、龍麻を抱いたとき、それに近い状況だったことを思い出したのだ。そして、もっと情けないことには、こんな屈辱的な状況なのに、感じている自分がいる。普段、龍麻を犯すように抱いたときよりも遥かに感じている自分が。
「ああっ…くぅ…。」
龍麻の口から漏れる声もだんだんに切なさを増してくる。きゅうっと龍真の中が狭まり、ひくひくと襞がまるで生き物のように絡みついてくる。
「龍麻…だめだよ、行きそうだ…。」
早まる龍麻の腰の動きに我慢ができず、そういうと、更に龍麻の腰の動きは早められた。
「くれ…は、私も…。」
半開きの、苦しそうな呼吸の下から龍麻がそういうのと同時に、龍麻の中が急速に痙攣のようになり、襞がざわざわとからみついてきた。
「龍麻っ…。」
吸い上げるようにうねるその感触に耐え切れず、次の瞬間、僕は龍麻の中の深くに思い切り放っていた。
二度の放出に、さすがに多少疲れていた。
龍麻も疲れているようで僕の右隣に寄り添うようにして寝そべった。
「中に出しちゃったけど…だいじょうぶ?」
そう聞くと、くすっと龍麻が笑う。
「絶対とはいえないけどね。そんなに心配?」
「だって…。」
「今月は、紅葉の誕生日だから。そう言ってあるの。」
にっこりと龍麻が微笑む。
「それにしても、随分手荒だね?」
そういうと、龍麻の目がきらりと光る。
「そう?…うふふふ。そういうことに、しておいてあげるわ。」
僕の耳元で囁くと、背中にまたぞくりと電流が走る。それと同時にすぅっと龍麻の細い指が伸びて僕のものを捉えて包み込んだ。
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