「先月はなんともなかったわ。」
事務的な口調で彼女は言いながら、するりと着ていた濃紺のワンピースを床に落とす。
「それと、協力してもらってありがとう。」
僕の前に惜しげもなくその美しい裸身をさらした彼女が言った。
「いや…。」
僕はそれを直視できなくて僅かに視線を外す。
「それにしても、どうしてなのかしら?もう随分とあなたとしているのに、いっこうにできないなんてね?」
視線を外した僕を許さないとでも言うように彼女はわざと外した視線の先に回り込んで僕の表情を伺う。
「さぁ。」
僕はとぼけて適当な返事をすると、そのまま彼女の細い肩に手をかけて、白い華奢な首筋にキスを這わせる。
「んっ。」
びくりと肩が震えて声が漏れる。それにかまわずに抱きしめる手に力をこめると、彼女をゆっくりと床に横たえる。滑らかな彼女の肌に触れるのは久しぶりで、気が急いてしまう。貪るように首筋に吸い付くと軽く身じろぎをして返す。その様子は彼女が意識してやっているわけではないだろうけど、僕にとっては非常に扇情的で、ここ1ヶ月ばかり我慢していた欲望に火をつける。
右手を彼女の豊かな胸に添えると柔らかく、丁寧に揉みしだく。吸い付くような肌の感触にじわりと、僕の体の中で熱が生まれる。早く入りたい。きゅっと先端を摘むと鼻にかかったような甘い声が漏れる。それに尚更煽られて、我慢できずに彼女の秘処に触れてみる。まだ外側にはもれてはいないものの、内側にはとろりと熱い蜜が滴り、準備が整っているようだった。
彼女と知り合ったのは去年の4月だった。不意に店に近づいてきた不思議な気に、本を読んでいた顔をあげると、その気の持ち主が店の中に入ってきたのだった。黄金の羽衣を纏った天女のように僕の前に現れた龍麻が、小さい頃から祖父にくり返し教え込まれた僕の守るべき相手であることがすぐにわかった。黄龍の器。それが女性なんて祖父は一言も言っていなかった。もっとも、女性の黄龍の器がかなり珍しいことを知るのはそれから随分と後のことになる。
そして、その気の質の美しさだけでなく、彼女本人の美しさにも僕は見惚れてしまった。もしも、僕の宿星が彼女とともにあるのならばどんなにいいことか。これまで、僕が見てきたどんな女性よりも、美しく強かった。ほっそりとした腕で、脚で、戦っているらしい彼女はたびたび店を訪れては自分の手甲やアイテム、又は仲間の武器などを調達していく。
そして、あの夏の日。僕は港区のプール前で彼女達に会ったのだ。
一人で東京を守ろうと暗闘をくり返していた僕に力を貸して欲しいと、そう言った。かぶりを振る僕に、彼女は他の仲間に聞こえないようにそっと耳打ちしたのだ。
「あなたがこの瞬間、東京を守ったところでそれで終わりじゃないわ?この先、ずっとあなたの家はこの地を守らなければならないのでしょう?」
それは飛水流の宿命。脈々と受け継がれていく僕の血の。
「だから、あなたは死んではだめ。」
全てを見通しているような口調だった。さすがに一人では、毎日のように現れる鬼道衆との戦いにも疲れが出てきた頃だった。そのせいで心が少し弱くなっていたのかもしれない。そこを衝くように、つややかな赤い唇で、僕を仲間に誘う言葉を口にする。蟲惑的なその声が、視線が、僅かに開かれた唇が、偶然に触れた腕が、彼女の全てが余りにも淫らで、そして官能的で。僕は彼女の持つ強い毒気に当てられたのかもしれない。
「じゃあ、君が僕の子供を産んでくれるなら手を貸そう。」
絶対に、それで彼女は怒ると思っていた。そんなのは彼女を馬鹿にするような言葉だから。けれども、怒るどころか、返って艶然と微笑んであっさりという。
「いいわよ。」
僕はあっけに取られてしまった。
「週末に、あなたのところに行くわ。」
ぞくりとするような、壮絶な色気を含んだ声で囁かれた。
そして、次の瞬間には今までのことがまるで夢だったかのように、くるりと自分の仲間達のほうに振り向いて明るい、無邪気な、全く違う声色で言ったのだ。
「ねぇ、みんなも頼んで頂戴。仲間は多いほうがいいよねっ。」
その余りの落差にただただ驚いて、僕は呆然としたままだった。誰一人、先ほどまでの妖しい魅力を放つ彼女に気付いているものはないようで。
そのあと、結局協力することになった僕はそれが夢だったのかなんてしばらく考えていたのだ。
でも夢じゃなかったことを知ったのは、まさに週末。
約束どおりに彼女は来た。
驚く僕に彼女はふふふと低く笑う。
「約束したでしょう?あなたの子供を産むって。」
そう言って、僕にキスをする。本気か?僕は思わずうろたえてしまった。けれども、目の前で妖艶に微笑む彼女から目を離せなくなり、そして、気付けば僕は彼女の腕を取り、抱きしめていた。
「本当にいいんだね?」
「その代わり、条件があるの。」
赤い唇が動く。抱きしめた体の柔らかさに抑えきれないほどの欲情が湧きあがって、すぐさま彼女を貫きたい衝動に駆られた。それでも必死にそれをとどめながら彼女の条件を聞くことにした。
「あなたの子供を産むのは了承したけど、彼女ではないわ。」
耳元で囁く声がぞくりとするほどの響きを持っている。
「それから、子供はあなた一人で育ててね?」
そうして彼女は柔らかく瞳を緩めて微笑みながら僕の顔を覗き込む。
「OK?」
「ああ。」
その瞳の輝きに魅入られるように、僕は思わず返事をしていた。
「契約成立ね。」
その晩、僕は初めて彼女を抱いた。10代の女性が持っていると思えないほどの色香は僕を狂わせ始めた。僕はそんなに色好みではないと自負していたのだが、彼女の肢体の前にはあっさりとそれを覆された。何度彼女を貫き、その中に欲望を放っても、まだ欲しくてたまらない。ひどいときには彼女が気を失うほど求めたこともあった。それでも彼女は文句一つも言わずに、僕の求めに応じてくれる。
そして、僕は知らないうちに彼女を愛していた。
断りもせず抱かれに来る彼女は、義務だけではない感じ方をしてくれる。だから、僕は誤解をしてしまっていた。彼女も、僕を好きでいてくれると。
それが見事に裏切られたのは年を越して間もなくだった。
次の予定を決めようとしたときに、彼女は言ったのだ。
「その日はダメなの。紅葉と会うから。」
悪びれた風もなく、あっさりと他の男との予定を口にした彼女に、僕は抗議の声をあげようとした時だった。
「最初の約束を忘れたの?子供は産むけど、彼女じゃないのよ?」
そうだった。すっかり、失念していたけど、そうだったのだ。
「だから私にも、紅葉にも余計な口出しは無用よ。」
「しかし…。」
「今のところはあなたとの契約だから、紅葉の子供ができるようなことがないようにしているわ。それでもだめなら…。」
その先を聞きたくなくって、僕は慌てて了解をしてしまった。契約破棄だけはゴメンだった。それほどまでに僕にとって、龍麻は重要になっていたのだった。
「わかったよ。」
それから、4ヶ月。僕らの不思議な関係は今に至っている。
先月、4月は壬生の誕生日だったようで、彼女はせめてもの祝いにちょっとした趣向をこらしたいからと、先月1ヶ月間、僕との情交を断ってきた。おそらく、彼に子供ができる可能性のあることをさせるためだろうが、結局のところ、彼の子供ができるようなことはなかったようだ。そうして、1ヶ月ぶりに彼女が腕の中に戻ってきた。
壬生に嫉妬していないといえば嘘になる。本当は他の男などに抱かれて欲しくない。けれど、僕との契約はあくまでも子供を産むためだけの、それだけの関係。僕との契約がある以上、壬生は僕の許可なしには龍麻の中に直接出すことを禁じられている。それを思えば、まだマシなほうなのか。それとも、彼は遊びと割り切っているのだろうか。いずれにしても、龍麻は僕以外の男とも関係をもっていることは変わらない事実である。
「翡翠、早く頂戴…。」
僕の下から龍麻が甘い声でねだる。その声に促されて、一気に龍麻の最奥まで貫くと恍惚の表情を浮かべた龍麻の唇から吐息が漏れる。
「んんっ…もっと…。」
きゅうっとしぼられるような感触に、思わず出してしまいそうになる。それをなんとかこらえると彼女に腰を打ち付けるように激しく動く。彼女もそれに合わせて動き、更に快感が倍増する。彼女の声がひときわ高くなって、快感で自分を失わないようにこらえるためにシーツをぎゅっと握り締めた。彼女のいくのも近いようだった。
「龍麻。いってもいいよ?」
そう言いながらも、実は自分の限界が近くもあるんだけれど。
「ん…。」
更に早く動くと龍麻の下肢ががくがくと痙攣のように震え始めた。
絹を裂くような細い声が龍麻からあがり、やがて白い喉を見せて背をしならせると龍麻の内部がきゅうっと絞り上げるように収縮する。
そうして、僕も龍麻の中に久しぶりに放出した。
一晩を費やして何度か龍麻を抱いて、そのまま疲れて寝てしまったようだった。朝方に冷気を感じて目が覚めると、龍麻は僕の腕の中に潜り込むようにして少し丸まって眠っていた。あの、凄絶なまでの色香など微塵もなく、全く可愛らしい顔をして、穏やかな寝息を立てている。
一体、どっちが本当の君なんだろうね?
最近、僕はよく考える。もし、あの契約を破棄して、龍麻を独占できたらと。けれど、今更それを彼女に言い出すには遅すぎて、何よりも拒否されるのが恐くて僕はそれを口にできない。それでも求めてしまう。僕だけの君でいてほしいと。
新しい契約は結べるのだろうか?それとも…。
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