直接ここに来るのは2度目だろうか。この前に来たのはまだ卒業する前だったなと、ぼんやりそんなことを考えていた。新宿の裏通りの小さなアパート。部屋の主はまだ帰ってきていない。アパートの斜め向かいにある小さな公園で主の帰宅を待つ。大きな雲の塊がいくつも足早に空を流れ、うっとおしいほどの湿気は梅雨だからだろうか。
キィコ、キィコと軋んだ音を立てるブランコに多少いらつきを覚えながら。ふと天を仰げば東には禍禍しいほどの赤みを帯びた満月。
「何やってるんだ。」
頭上から降って来る不機嫌そうな声と、たばこの匂い。
「待ってたの。」
「ふざけるな。」
「ふざけてない。」
「おまえは、今日がどういう日かわかっているんだろう?」
私は振り返りもしないまま、斜め後ろに立つ男に言う。
「だから来たのよ。」
それにはさすがに彼もあきらめたようで、無言でそのまま自宅に向かって歩き始める。それは承諾の印。私はブランコから反動をつけて立ち上がるとそのまま男の後をついていく。古ぼけたアパートの1階の角部屋。そこがその男、犬神センセの住まいだった。
「ガキどもと、付き合ってるんじゃなかったのか?」
センセは放り投げるように机に上着を脱ぎ捨てる。
「付き合ってるわ。」
「ならばそっちに行け。」
「どっち?」
「どっちって…。」
呆れたような顔をしてシャツの胸ポケットからタバコを出して咥えた。
「股かけてるのか。」
「違うわ。」
「わけがわからんな。」
理解しかねると言ったように眉を寄せて、それからタバコにライターで火をつけ、深く吸い込む。ふぅーっと一気に紫煙を吐き出すと、部屋の中の空気がゆらりと濁り始めた。
「リハビリ中なの、二人とも。」
「リハビリ?」
「黄龍に深く関わりすぎたの。だから、自分を見失っていて一人では解放できないの。」
それだけで、センセはその相手が想像できたようだ。たびたび旧校舎に私達が潜っていくのを見ていたし、誰がいつも参加していたかも知っているはずだから。私は、いつもあの二人を側に置いていた。そうしないと、二人とも崩れてしまいそうだったから。
「一番賢くて、一番不器用な二人なの。」
二人とも仲間内では頭のいい部類に入るのに、簡単なこと、黄龍から自分を解放できずにあがいている。一人は諦め、一人は奪い。全く正反対のことをしているのに求めているものは同じで。
「黄龍の器というのは…ボランティアで寝るのか?」
皮肉たっぷりにそういうと吸殻がたまった灰皿の隅に火を押し付けて消す。
「人狼もね?」
そう返事をすると、くっと喉で笑いながら私に近寄り、無遠慮にスカートを捲り上げ、乱暴に下着をはがす。
「言っておくが、今日は途中で手加減は聞かないからな。」
そのまま床に倒され、乱暴に片足を取り、あっと思う暇もなくくるりと体を裏返される。スカートを捲り上げられ、そのまま後ろからいきなり硬いものをあてがわれた。
「いいのか?」
「嫌といったら、やめるの?」
その一言が気に障ったのか、そのまま一気に突き入れられる。まだ充分に潤っていない内部はぎちぎちと悲鳴を上げながら精一杯の抵抗をしながらようやく受け入れた。その滑りの悪さに、男は私のブラウスを引きちぎり、ブラをたくし上げて掴むように胸を愛撫する。
乱暴なやり方なのに、不快などころか、もっと乱暴でもいいと思う自分がいる。激しく動く男が与える刺激に、徐々に内部から蜜が染み出て痛みを伴っていた行為がだんだんと快楽に変わっていき、それを貪るように私も男の動きに合わせて腰を揺らした。
「うっ…んんっ…。」
突き上げの激しさに、奥壁をえぐられ、気が遠くなりそうになる。同時に、もっと感じたくて、わざと自分で力を入れて男のものを思い切り絞り上げた。そうすると、男のものがよりリアルに感じられて、受け入れているところから全身に甘い蟲毒が染みていく。
「うるさい、声を出すな。」
「…。」
アパートの壁は薄い。私は引きちぎられたブラウスをかみ締めて、必死に声が漏れるのを我慢した。背後から見下ろす男はくくくっと喉で笑いながら、さらに腰の動きを早める。全身に回った蟲毒は彼のものを絞り上げていた力を奪っていく。体を支えている腕からも力が抜けて、がくがくと大きく震え、やがて崩れてしまった。上半身を支えきれなくなり、べたりと床に突っ伏して、お尻だけ高く突き上げて、後ろから蹂躙されている格好に背後で彼があざ笑った。
「いい格好だな、黄龍様。」
ぐいっと、胸を愛撫していた右手が私の上体を引き起こした。震えて力の入らない腕で、なんとか体を支えてもとの体勢に戻ると彼は再び激しく抽挿を始める。
「ぐっ…。」
かみ締めているブラウスが喉奥まで詰まりそうなほどに声を抑えた。体中の筋肉がひとつも自由にならないほど全身が激しく痙攣を始める。
「あ…うっ…。」
「出すぞ。」
ぐちゅ、ぐちゅという粘性の水音がさらに激しくなり、やがてこれ以上ないほど奥までねじ込まれる。痛みと疼きを伴って、最奥で大きく彼が震えて精を放ったのがわかった。
どくり、どくりと出すたびに大きく震えるのに呼応するようにその回りの襞もびくびくと反応する。
激しい行為と強すぎる快楽にぐったりとなったが、そのまま中から出て行こうとはせず、床にべったりとふせた私の脚をもって、今度は仰向けに転がした。つながったまま、無理に体位を返させられて、無理な力が結合部分にかかる。それが余計な摩擦を生み、たった今果てたばかりのセンセのものは中で元気良く屹立し始めた。
「まだくたばるには早いぞ。」
そう言って、今度は片足を肩に担いだ。体を横向きに据えられると余計に深く結合し、奥にさらに入り込んで、ぐりぐりと遠慮なく奥を穿つ感触に思わず悲鳴があがりそうになった。センセは軽く舌打ちすると、少し腰をひいて側にあったタオルを掴んだ。私の上体を起こすと、それで猿轡のようにしてぎゅっと結ぶ。そして、再び深くまで埋め込むとこねまわすようにして動く。その衝撃が強すぎて、体全体がのけぞるようにしなった。私の中で暴れるものは卑猥な水音を立て、二人の体液をかき混ぜるように激しく動いた。タオルの猿轡から私の悲鳴が上がるのも無視して、乱暴な行為を繰り返すセンセは月齢のせいかやっぱり手加減など全然くわえてくれない。
痛みがだんだんと麻痺して、やがてそれが快楽に変わる頃、センセのものはさらに怒張して激しく私を苛み続ける。粘性の水音と、センセの荒い息遣いが狭い室内に木霊する。突き上げられる快感に頭に霞がかかったようになり始め、腹の底にたまった熱が爆発し、その余韻に体が震える。その瞬間にセンセも中で2度目を迎えたのがわかった。
ようやく自分の物を引き抜くと、一緒にどろりと中に収めきれなかったセンセの精が流れ出し、床に毀れる。起き上がる力も出ないほど、激しく消耗した私はそのまま身動きもできずに横たわったままでいた。センセは服をゆっくりと脱いでから床に毀れた体液をティッシュでふき取り、私の服も取り去ってそこらへんに放り投げた。
「口ほどにもない。」
ぐったりと横たわっている私を嘲笑するように見下ろすと、そのまま両足首をもち、体を折りたたむように床に押し付ける。そうして、今度は真上から突き刺すように入れてきた。無理な体勢に、中も浅くなり、さっきよりもはるかに密着した感じになる。その刺激に、さっきから霞がかかっていた頭から、ともすると意識が飛んでしまいそうになる。
そうして、何度センセの放精を受けたかわからない。強烈な刺激に、我を忘れて、考えることもなくただ求めて、受け入れて、野性の本能のままに交わった。いつセンセの行為から解放されたかも覚えていないほど。
夢を見ていた。
小さな男の子が泣いている。
「僕はどうして生きてるの?」
悲しげに、大粒の涙をぼろぼろと零して。
「寂しいよ。どうして、誰もいないの?」
泣きつづける男の子が余りに可哀想で、私は側に寄って言った。
「側にいてって、言ってごらん?」
「いや。」
ふるふると男の子が頭を振る。
「どうして?」
「だって、そんなこと、言っちゃいけないんだ。」
「でも、寂しいんでしょう?」
男の子はしゃくりあげながらこくりとうなづく。
「言ってもいいんだよ。寂しいって。」
男の子が何か言おうと口を開きかけた。
正気に戻ったのは朝になってからだった。くすんだ青のカーテンの隙間から柔らかな早朝の朝日が差し込んでいる。
「気付いたか。」
その声に慌てて起きようとして体中のあちこちに激痛が走った。その痛みに、今度はゆっくりと体を動かしてそろりと起き上がった。それを待っていたように目の前に出されたのはコーヒー。受け取ってそれを一口飲むと喉の痛みが少し和らいだ。
「全く…。人のために自分を追い詰めるな。」
苦虫を噛み潰した顔で犬神は言った。ゆらりとしんせいの煙が立ち昇る。
「あんな抱かれ方をしなければおかしくなるなど…ボランティアにもほどがある。」
そう言って怒るセンセの顔は珍しく真剣だった。
「平気よ。センセがいるからね?」
「面倒はゴメンだ。」
「優しいくせに。」
ふふっと笑いながら言うとセンセは不機嫌そうにふいっと横を向く。
「そのうち、どっちかに殺されるぞ。」
「それもいいかも。」
「ふざけるな。」
怒った口調に私は軽く肩をすくめる。
「あいつらに何を望んでいる?」
望みというほど、そんなに大それた望みなんて持っていやしない。ただ、彼らが黄龍の幻に囚われている以上、私は解放されることはない。彼らの中に黄龍が生きている限り、私は彼らにとって黄龍でいるしかないのだ。あの、不安でつぶされてしまいそうな重圧から早く解き放たれたい。早く普通の女の子の生活を送りたいだけ。だから、二人が早く夢から目覚めてくれるように、その手助けをしているだけ。
「帰る。」
私はそこらへんに散乱している服を拾い集める。
「シャツ、貸して?」
「勝手にしろ。」
動くたびに痛む体に顔をしかめながら身支度を整える。ちらりと時計を見ると、7時前だった。これなら、まだ学校に間に合うだろう。
「じゃあね。」
靴を履いて、玄関を出る前にセンセの方を見る。
「ああ。」
センセはしんせいをくゆらせながらぶっきらぼうに答えた。そういうとこ、いかにもセンセらしくていいよ。くすくすと笑いながら玄関の鍵を開けて、外に出ようとするところで急に呼び止められた。
「なぁに?」
センセはタバコを咥えたまましばらく考えてぽつりともらす。
「オレも礼を言ったほうがいいのか?」
「いらない。お互い様だから。」
なぁんだ。センセはわかってたんだ、やっぱりオトナなんだね。笑いながら手を振るとセンセの家を出た。
早朝の裏通りは会社や学校に向かう人影もまだほとんど見えない。
お互い様と言えるのは、楽な関係。対等な立場でいられるから。それに、センセは人間じゃないから翡翠との契約にも反しない。
二人に対して、強く出すぎている分の反動が辛くて、センセに頼らなければ解消できなかった。このままだったら自分まで自分を見失いそうなほど。けれど、それはセンセも同様で。
長い時間を一人で生きるには縋るものが必要になることがある。いくら強くても、どうにもならない時だってある。センセは縋るものに執着するほど弱くはないけれど、きっと、つい最近に立て続けに起こったいくつかの別れや時間の流れの中で少し弱ってたんだと思う。
少しはリハビリになったかな?私は遠くなったセンセのアパートを振り返った。
早く翡翠も紅葉も気付けばいいね。自分がそんなに弱くないことを。人を好きになることは悪いことじゃないということを。
見上げるとビルの隙間の狭い空には梅雨の間の晴れ間が広がっている。ビルの群れの上に広がる大きな空も、きっと晴れていることだろう。
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