―何故君と出逢えたの?―

―真宮寺さくら編―

 

「大神、お前は本日四月一日付を以て帝國海軍中尉に昇進する事になった。」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、この辞令に確かに書いてある。海軍大臣の山口さんの認印付きでな。…どうだ、大神。昇進した心境は?」
「はっ、帝國海軍中尉大神一郎、粉骨砕身の気持ちで頑張ります!」
「ケッ、相変わらず堅ッ苦しいヤツだな…ま、それがお前の持ち味なのかもしれんが…。」
そこで帝國海軍中将、現対降魔迎撃部隊帝國華撃團総司令官・米田一基は口篭もった。
「それと…お前にはもう一つ知らせがある…」


太正十七年四月。
後に第三次降魔大戦と呼ばれる事になる、武蔵との戦いから2ヶ月…。
帝國海軍中尉に昇進した大神は、フランスのパリに留学する事になった。
大神は先の大戦において、常に被害を少なく、かつ迅速な行動を以て敵を撃滅した戦果を高く評価され、海外に留学するという、軍に所属するものにとっては、願ってもないエリートコースに乗ったのである。
だが…大神にとってはあまり嬉しくない知らせだった。
何故なら大神にとっては、この帝劇が何よりもまさる大事な家族なのだから、そこから離れるというのは、何よりも耐えがたい事である。
実は、米田とてこの話は内心喜んで良いものかどうか、相当迷ったのだ。
だが、米田は大神はもっと大きくなれる人物だ、と心で感じていたので、その迷いを振りきって、あえてこの知らせを大神に伝えた。

「さくら君…」
大神は、そばでじっと話を聞いていたさくらに、どう言って良いものか途方に暮れた。
だが、当のさくらの答えは、だ。
「…大神さん、フランスに行ってらして下さい。大神さんなら、どんな事があっても、どんな任務でもきっと成し遂げられる、とさくらは信じています。」
大神は気丈に振舞うさくらが、誰よりも愛しく思えた。
だが、さくらの体が小刻みに震えていたのも大神は見逃さなかった。
「…さくら君…」
「大丈夫、大神さんならきっと出来ますよ。」
そう言うさくらを、大神はそっと抱きしめた。
さくらは驚いたふうであったが、その心地よさにしばし身を委ねた。
「必ず…必ず戻ってくる。だから…それまで待っていてくれるかい?」
大神はさくらの体の小ささに、
(こんな小さな体で…)
と、今までの激闘に耐えてきたさくらを、今更ながらに見直した。
(俺達軍人は何時死のうが構わない…だが、その何時死ぬか分からないような戦いに、こんな小さな娘達を巻き込んできたのか…)
大神は改めて自分達の、いや軍人のしている事のひどさに罪深さを覚えたが、しかしその罪が無ければ、さくらと出会うこともなかった。
その皮肉さに大神は苦笑した。
だが、今はそんな事はどうでも良い。さくらを抱く事が出来ている今は…。
そして大神は誓った。
(この小さな体を二度と戦いに巻き込む事はすまい…)
だが、運命がそれを許すかどうか…。
それはさておき、フランスへの留学には一週間の猶予が与えられている。
大神はその時間をどう使うか、少し考えた。
(せめてものお礼に…)


翌日…。
大神はさくらを連れて上野公園に来た。
桜の花はちょうど満開になって、その魅力を最大限に発揮していた。
「ちょっと寒いかな?」
大神がさくらを気遣ってそう言うと、
「いえ、これくらい大丈夫です!」
さくらは大神と花見が出来て嬉しかったのか、笑顔でそう言った。
(可愛い…)
大神は素直にそう思った。
そして大神がさくらに見とれていると、さくらは大神の腕に自分の腕を絡めて来た。
大神がさくらを見ると、よほど勇気を出したのだろう、さくらの顔は真っ赤だった。
大神は幸せな気分になって、さくらを連れて来て本当に良かった、と思った。
(本当はこういう日常が似合う娘なんだよな…)
戦いをしばらく離れてみて、本当に「平和」というものの素晴らしさを実感する。
彼女の小さな手は、本来幸せをつかむべきものなのだ。
断じて血なま臭い戦いをする為ではない!
だが、彼女の生い立ちと、宿命がそれを許さないのだろう。
そんな彼女の重荷を少しでも減らしてやる事が出来たら…。
大神はそんなことを思っていた。
すると、さくらは何か考え事をしている大神を見て、
「どうしたんですか?」
と言ってきた。その顔は何か心配げにしている。
(そんなに怖い顔してたかな?)
大神は自分を反省して、
「なんでもないよ、さくら君。」
「でも…」
「いや、この平和が続けばいいな、ってね…。」
すると、さくらは少し表情を曇らせて、
「本当ですか?誰か別の子の事でも考えてたんじゃ…」
「断じてそんな事はない!」
大神は力いっぱいそれを否定した。さくらは、そんな大神の様子を見てくすくす笑っている。
そして、ようやく引っ掛けられた事に気付いた大神は
「さくら君!」
怒鳴ってみたが、まるで迫力がない…。
案の定さくらはころころと笑っている。実に楽しげに…。


さくらがようやく笑い終えたとき、大神はしばらく憮然としていたが、大神とさくらは何時の間にか上野公園の端、不忍池のほとりに出ていた。
そこは少し高めになっている所から桜の木が池を覆うように生えていて、散った桜の花びらが池に浮かんでいて実に印象的だった。
大神とさくらは、その心奪われる風景にしばし魅入っていた。
風が吹く。

ザアッ…

桜の花びらが吹雪となり、その光景は見る者を呆然とさせた。
そして大神は、そばにいるはずのさくらが、ふとどこかに消えそうな感覚に陥って、さくらを手繰り寄せ、力強く抱いた。
「あっ…」
さくらは大神の腕の中で幸せに浸った。
(ずっと、こうしていたい…)


桜吹雪がおさまってしばらくすると、大神はさくらを離した。
さくらはちょっぴり残念だったが、次の瞬間大神はさくらをぐいっと抱き締めると、さくらに口付けた。
「!?」
さくらは驚きながらも、大神の抱擁に身を任せた…。
二人の時はしばし止まった…。



やがて唇を離し、大神はさくらの肩を抱きながら歩き始めた。
「大神さん…」
さくらは大神に話しかけようとして、やめた。
今は話をする時ではない…今をこうしている事が、私達に出来る最大限の事なのだから…。



やがて、陽が落ちて暗くなってくると、
「帰ろうか…」
大神が静かにさくらに話しかけると、
「そうですね…あっ!」
さくらが何か思いついたように声を上げる。
「どうしたんだい?」
大神がさくらの顔を覗きこむ。
「大神さん、なんだか慣れた手つきでしたね…。」
ジト目でさくらは大神を睨んだ。
「いいっ!?」
大神は焦った。せっかくいい雰囲気で来てたのに…じゃなくて!
「…でも、いいです。大神さんがあたしの事を想ってくれてるのが、よく分かりましたから…。」
さくらは大神の胸に頭をこつん、と埋めた。
大神はほっとすると同時に、そんなさくらがとても愛しくなった。
「さくら君、俺は必ず帰ってくるよ、君のもとに…。」
「はい、私は待ってます。大神さんを…いつまでも…。」
さくらは呟くような小さな声で言った。



そしてついに大神がフランスへ赴く日が来た。
大神はみんなの別れを悲しむ顔を見ないように、朝早くから帝劇を出た。
だが、そんな小細工は帝劇の、いや帝撃のみんなには通じないようだ。
「おおがみさ〜ん!」
「中尉ぃ!」
「隊長!」
「隊長!」
「お兄ちゃ〜ん!」
「大神はん!」
「中尉さ〜ん」
「隊長!」
それぞれがそれぞれの呼び方で大神を見送りに来た。
大神は花組の気持ちが嬉しかった。
そして、大神が船に乗りこんで、花組に対すると、
「大神中尉に、敬礼!」
さくらの号令がかかると、花組は大神に対し、恭しく敬礼をした。
大神は自分が隊長を務めた花組を心から誇りに思い、自分も花組に対して敬礼をした。
大神はその敬礼が、今までしたどんな敬礼の中でも一番よく出来た敬礼だ、と思った。
(みんな、俺は必ず帰ってくる…)
大神はさくらを見た。
だから…今はさよなら、さくら君…。





END

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