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荷造りを終え、とうとう私とヒュウガさんはヒュウガさんの故郷であるキリセに向かうこととなった。別れを惜しむ皆さんに見送られて、サキアへ向かう船が出るセチエにまずは向かう。サキアに向かう船は毎日出ているわけではない。
 明日出港予定の船に乗るために私たちは一晩、セチエのホテルに泊まることにした。
 「お二人様ですね。ダブルのお部屋が空いております。」
 ダブル!?ということは、ベッドはひとつしかない。
 ヒュウガさんはなんともなかったように涼しい顔をしてそのままチェックインを済ませて部屋の鍵を受け取る。
 「こちらだそうだ。」
 ヒュウガさんの後に続いて、ぎくしゃくと、ホテルの長い廊下を歩いて行く。最高級なホテルというわけではなく、どちらかというとビジネス向きのホテルで、ダブルの部屋があるのが意外なほどだ。内装は豪奢ではないけれど、シンプルでなおかつよく手入れがされているのは好ましい。
 「ここだな。」
 部屋に入ると確かに中はダブルベッドがあり、そのほかにソファやテーブルなどがある。いたってふつうのホテルの部屋なんだけど、さすがに部屋の中央にあるダブルベッドにどうしても目を奪われてしまう。
 ここで、二人で眠るのだろうか?
 ヒュウガさんを見ると、なんでもない顔をして、持っていた荷物をおろして一息をついている。
 「疲れたか?」
 「いえ、そういうわけじゃ…。」
 「明日は早い。…もし疲れたのなら早く休んだほうが良い。」
 「いえ、大丈夫です…。」
 「緊張しているな。…船は初めてか?」
 「ええ、初めてなんですけれど…。」
 船のせいじゃなく、この部屋が緊張のもとなんだけど。
 「もしかしたら最初はつらいかもしれぬが…。」
 「いえ、たぶん船酔いは大丈夫だと思うんですが…。」
 「では、何があった?」
 「いえ、別に…。」
 「俺に言えぬことなのか?」
 悲しそうな表情で尋ねられ、私は仕方なくわだかまりの原因を口にする。
 「あの…今夜、私、このソファでいいですから。」
 「こちらにベッドがある。ソファなどで寝ると風邪をひく。」
 ああ、やっぱりわかっていない。
 「あの、…やっぱり、これって二人で…。」
 そこまでいわされてようやくヒュウガさんは気がついたようで、くす、と小さく笑って私を見た。
 「ああ、そうだな。貴女と俺と、二人だな。」
 「そ、その…私…。」
 「照れているのか…?…しかし、俺は貴女とともに眠りたい…だめだろうか?」
 「いえ、そういうわけじゃ…。」
 あまりにストレートすぎる物言いにこんなことにこだわる私のほうがおかしいのかも知れないという気になってくる。そう、ただ眠るだけよね?
 そう思った私の気持ちをようやく理解したのか、ヒュウガさんはああ、とうなづいて説明を始める。
 「無論、正式に夫婦となるまでは何もしない。しかし、俺はできるだけ貴女のそばにいたいのだ。…貴女は女王となるべき稀有の存在。世界のためにも一度は貴女と別れて、一生、貴女だけを思い続けて一人で生きる決心をした。だが、貴女は女王にならずに俺のもとに来てくれた。これ以上の幸せは俺にはない。そして、こんな今が時々夢なのではないかと思ってしまうのだ。現実なんだということを実感するためにも、ゆっくりとこの幸せをかみしめたいのだ、貴女が俺の腕の中にいてくれるという、な。」
 嬉しそうに微笑まれて、さらに恥ずかしい宣言までされて、まさに腰が砕けそうになる。
でも、これから先、これぐらいでやられていては暮らしていけなくなると、わずかながらの反論を試みた。
 「…だったら、別に私が女王になって、ヒュウガさんが聖騎士に戻れば、それはそれでそばにいられたじゃないですか。」
 「そうだな…多少はそばにいられたやもしれぬ。ただ、やはり女王と聖騎士となると、それぞれの執務が多すぎて時間はなかなかとれなかっただろう。それに、なにより、世界のみなのための女王より、おれ一人の貴女でいてほしいと思う。…自分がこんなにわがままだったなど、貴女を得てから初めて気がついたのだがな。…貴女はこんなわがままな男は嫌いだろうか?」
 嫌われるだろうか、という不安そうな表情をその秀麗な顔に浮かべこちらを見つめて、さらに至近距離で言われ、負け(なんの勝負だという突っ込みはなしだけど)を認めざるをえなかった。
 もしかしてヒュウガさんって私より乙女なんではないだろうかと、ちょっと思い始めたセチエでのことだった。
 
 
 
 
 
 
 END
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