|   エレボスを倒し、ニクスを無事取り戻した後にアンジェリークは女王にならずにこの地上に舞い戻ってきた。そして、あろうことか俺の隣にいるという。
 そのために、女王の座を蹴ってしまったと笑って言った彼女に俺は銀樹騎士にあるまじき思い―嬉しい―と、そう思ってしまった。
 女王がどれほど大切な存在かは分かっている。だけど、俺のたった一人の女性がその大事な立場さえ擲って共に歩んでくれるというのだ。男としてこれ以上嬉しいことがあるだろうか?
 しかし、それを阻止しようとする人間だって当然のことながら、いる。
 
 「マジ、いい加減にしてほしいんだよねー。」
 見かけ少年、実は教団長であるルネは、アンジェリーク一行が宇宙の亀裂からセレスティザムへと戻ってきたためにとりあえずの宿としたヒュウガの馴染みの店にディオンを供にお忍びでやってきて、呼び出した揚句クダをまく。
 本当はセレスティザムに宿泊するように言われたのだが、そうしたら最後、出られなくなりそうだというのはオーブハンター全員の意見で、なんとか理由をつけてここまで逃れてきた。ただし、さすがに教団長はしつこかった。
 「せっかくさ、みんな待ちに待った女王が降臨したって言うのにさ、どっかのむっつりスケベにさぁっとさらわれちゃうなんてさー。」
 未成年だからジュースしか飲んでいないはずなのに、すでに目が据わっている。
 「むっつりスケベは言いえて妙だな。」
 レインがヒュウガの隣で大口をあけて笑っている。
 「でしょぉ?あんだけさ、銀樹騎士の時にもてたのにさ、全然色恋沙汰には関心ありませんなんて、すました顔してたのに。いざ、アンジェの時になったらさぁ、こうだもん。ありえないよね。」
 「よりによって、キリセに帰る、だもんなぁ。」
 どうやらレインもアンジェリークのことに関してはヒュウガに思うところがあるらしい。レインも恨めしそうな顔でヒュウガを睨む。
 「む。…いや、しかし俺は…。」
 「別にさ、セレスティザムにいてほしいって言ってるわけじゃないんだよ。」
 「言ってるようなもんじゃない?」
 さすがにヒュウガが気の毒に思えたらしいジェイドが助けようとルネに突っ込む。
 「だってぇ。つまんないんだもんーーーっ!」
 そう言って彼はわぁっと机に突っ伏して泣き出した。もちろん、嘘泣きである。
 声が多少響いたのでヒュウガが慌てて周りを見回したが、どうやら、みんなこちらの話には興味がないようで誰も聞いてるようではない。安心しながらヒュウガはもう一度ルネをにらむ。
 「ルネ!」
 「ずるいよ。ヒュウガばっかりさ。…僕だってアンジェと一緒にいたかったのに。アンジェがセレスティザムに来てくれたら、あの本を一緒に読もうとか、あの話を教えてあげようとかさ、楽しみにしてたのに。」
 「すまない。」
 「そう思うんだったらさ、せめて近隣に住むとかさ。」
 「もう決めたのだ。」
 ヒュウガの言葉にルネはむうっとさらに膨れる。
 「別にさ、決めたのはアンジェがいなくなっちゃったら、ってことでしょぉ?ディオンから聞いたんだからっ!でも今はアンジェがいるんだからさ、別に、いいじゃん。ここにいても。」
 「そういうわけにはいかない。」
 アンジェリークははらはらしながらヒュウガの横でルネのやり取りを見ている。
 「もうっ!だいたいさ、昔っからヒュウガって固すぎるんだよねー。」
 「アンジェリークはそれでもいいと言っている。」
 しれっとして答えたヒュウガの言葉にアンジェリークが顔を真っ赤に染め上げる。ジェイドとニクスにくすくすと笑われ、アンジェリークはだんだんその場所にいたたまれない気持ちになってきた。
 「僕らなんて全員アンジェのためにいるようなもんなんだよ?」
 ルネをはじめとする教団は女王のためにあるといっても過言ではない。そのことをよく知ってるヒュウガに情で訴えようとしたのだが、冷たくひとこと彼は言い放った。
 「だから困るのだ。」
 ヒュウガは眉間にしわを寄せる。
 「もう戦いは終わった。タナトスも消え、女王のとしての座も降りた。ならば今はみんなのではなく、俺だけのアンジェリークだ。」
 さらりと、とんでもない発言をしたヒュウガにニクスやレイン、ジェイドはおろか、親友のディオンでさえ固まる。
 もちろん、アンジェリークも。
 「考え直すなら今ですよ…?」
 小声でささやくディオンにアンジェリークは本当に考え直すべきかどうか悩み始めた。
 
 
 
 END
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