例外

 

「先生。」
清楚な長袖のシャツに、ふわふわのロングスカートといういでたちの彼女は、ふわりと微笑んでから、彼女にそうとは知られぬよう密かに自己嫌悪に苛まれていた私を見つめた。
「私、車が故障して少し嬉しいんです。」
先ほど、私の車はエンジンの故障で走行を続けられなくなった。しばらく車中でJ○Fの到着を待っていたが、晩秋の、しかも夜であったため、冷え込みに耐えかねた桐生のために近くにあった友人の店に避難して来たところだった。
全く、私としたことが一生の不覚だった。先ほどまでひどく落ち込んでいたのだが、桐生の意外な言葉に一体、何を言い出すのかと驚いて彼女を見ると、柔らかな微笑を浮かべたまま言葉をつなげる。
「…だって…先生と一緒にいる時間が長くなるでしょう?」
突然だった言葉に、あやうく飲みかけたレモネードを噴出しそうになる。
これは、まさか…。
もしかして私のことを…?
彼女は、あの、ほわんとした微笑を浮かべていて。
さっきまでの自己嫌悪はどこへやら、天にも昇る気持ちで、知らず顔が緩んでくる。
「…んせ…?…せんせー…?」
呼びかけられた声ではっと気づいて我に帰るとここは教室。目の前には不思議そうに首を傾げているものや、あっけに取られた生徒たちが居並んでいる。
「コホン。…では次の問題。」
そうだった、今は数学の授業中。
慌てて咳払いをして授業の続きを始める。
授業中にさえ桐生のことを思い出すなど、自分はどうかしている。
しっかりしろ、氷室零一。
自分を叱咤しながら、慌てて次の問題の解説に入った。


「あ。メールだ。」
宿題も、予習も復習も済ませてからパソコンを起動してメールチェックを行うと、なっちゃんからメールが来ていた。
『××ページの問○、絶対にテストに出るよ!ヒムロッチ、テストに出そうと思うと、笑うんだよね〜。』
氷室攻略法と題されたそのメールは、いかにもなっちゃんらしい内容で思わず笑ってしまった。
氷室先生を天敵と言って憚らないなっちゃんは、それでも数学の単位のために氷室先生のクセなどをよく観察している。だいたい、嫌いだと言う割には、随分と細かいところまでチェック入れてるのよね、と私は一人ごちて、なっちゃんにお礼のメールを返信する。


3週間後。期末テスト2日目、数学のテスト。
配られた問題には藤井の予想した問題は見当たらず。
「ごめんっ!!!」
姫条まどかと桐生千波矢に平伏して侘びを入れる藤井の姿がみかけられた。
氷室はそれを横目に見て、不敵な笑みを浮かべつつ、廊下に張り出されたテストの結果を見に来るであろう桐生に会うために人だかりのしている廊下へ足を向ける。
1位は5教科とも満点で桐生千波矢。
もとより千波矢には藤井のようなヤマかけは不必要。
彼女は常に努力を怠らない、勤勉な生徒なのだから。
あの天才で名高い葉月珪も、秀才で名高い守村桜弥も、学園一の才媛の有沢志穂も、あっさりと抜き去って、努力の末に頂上に輝いた彼女を私は誇りに思う。
「あ!氷室先生!」
テスト結果を見に来た彼女が私を見つけて走り寄ってくる。
「…エクセレントだ!」
私の言葉ににっこりと、彼女が破顔する。
さぁ、次はどこに社会見学に行こうか。
そんなことを考えると、知らず知らず、顔が緩んでくるのだった。



                                        END

 

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