前夜

 

バッグに着替えを突っ込むと忘れずにスキットルも鞄に放り込む。奈々君が一緒だからこれだけで足りるだろうか、なんて考えたけど、長野だって日本酒の生産地であるから心配はないだろう。

あとは切符とノート。これで支度終わり。あとは明日、鍵と財布を持てばそれでいい。

キッチンからギムレットを持って来て、飲みながらテレビのリモコンをテーブルから取ると天気予報を見るために久しぶりに付けた。長野地方の週末の天気は良さそうだ。

確認を終えるとすぐに消して、後は残りの資料に目を通す。

 

伊賀から奈良に戻る途中の電車の中で、旅行に誘った。忍者資料館によれずに残念がっていたから、他に忍者資料館のあるところを考えて思い当ったのが戸隠だった。ついでに戸隠神社も見せたくて誘って見たがいい返事でよかった。戸隠神社は俺もかなり好きなところだ。彼女が喜んでくれると良いが。

興味深そうに資料や建物、仏像などを見ている時の彼女の顔を思い出して、思わず自分も微笑んでしまった。

二人だけの旅行は諏訪に続いて二回目だが、前回は諏訪大社の御柱祭を巡る事件に巻き込まれて、二人でゆっくりどころではなかった。思うに、誰かが加わるからいけないのかも知れない。

今回こそは最初から最後まで二人で行動しよう。

本当はあれからすぐにでも出掛けたかったのだが、吉日を選んで出かける事にしたのは、大事な心願があったからだ。

 

大学の側で絡まれていた子を助けたのが彼女を認識した最初だと思う。

嫌がる彼女にしつこく食い下がる勧誘が新興宗教のそれだと知って、誰も助けたがらないのを理解した。

止めに入ったのは別に正義だとかそう言うわけではなく、ただ単に勧誘している人間の知識を問いたいと思っただけだった。人を誘うぐらいなら当然、本人も知識があってしかるべきだと思う。その時はおそらく、そいつがそんな知識は持ち合わせてはいない事を前提としていたけれど。

そんな事やオカルト研に入っていることもあって、会えば挨拶し、ついでに話しかける様になって来た。俺は学内では遠巻きにされていたから、進んで話しかけてくる様な人間は少なかったのだが、彼女はそう言う事にこだわらないらしい。

普通は俺と話す女性は大体三種類。事務的か、怖がっているか、怒っているか。

そのどれでもなく、ある時は楽しそうに、ある時は心配そうに、ある時はとても驚いた顔で話す彼女は、物珍しさからそうしているのだろうなんて(今から考えると自分のひねくれた思考で彼女を判断したことを反省するのだが)そのうち飽きるだろうと思っていたのに、結局卒業までそれが変わる事はなかった。むしろ、少しづつ話す事も増えて、本当に俺を普通の先輩と思っていたのだと、卒業してから漸く気付いたのだった。

 

当時の俺は中学の時にあの人に言った、自分で自分に掛けた呪いの中にいた。

もう誰も好きにならない。

頑なにそう思い、それがあの人に対する忠節であるかの如く、それを守り、殻を作り、閉じ篭っていた。今思えば、バカバカしいと思うのだが、それはもう、真剣にそう思っていた。

それは大学を卒業しても続き、届かない想いを持て余して、長く暗い闇の中をあてどもなく彷徨っている様だった。

暗澹たる気持ちで鬱鬱と毎日を過ごし、そこから這い出るすべも分からず、そんな状態に嫌気がさして来た頃の事。

家に帰ろうと当時住んでいた横浜の街を歩いていた時に、偶然、彼女の姿を雑踏の中に見つけた。

それは一筋の光の様だった。

隣を歩く女性(今になって思えば沙織君だった)の話を、微笑んで聞きながら通り過ぎて行くその姿に、俺は目を奪われ、何故だか不覚にも少しだけ涙ぐんでしまった。

 

許された気がした、と言えばいいのだろうか。多分、その時の俺は自分が嫌いだった。あの人に受け入れて貰えなかったことが、大きく傷となっていた。

嫌いでも変える事ができない、だから尚更自分が嫌いで、負のループに入り込んでいた俺を、こんな性格でも認めてくれる、そんな人間がいた事を思い出して、長い長い闇の向こうに、小さな光が灯ったのを感じていた。

縁。あの人はそう言っていた。子供だった俺はあの人と俺とを結び付けなかったそれを認めようとは思わなかった。だけど、今はそれを信じている。どんなに努力をしても近づけないこともある。だから、これは縁なのだと、最近、実感をする。そしてその縁を大事にしようと思ったのも奈々君に会ってからだった。

奈々君には理解しづらい話を、それでも一生懸命に聞いてくれるから、下調べを充分にして、奈々君がわかる様に説明できるようにノートを作ったりした。

かなり飲めることも分かって、彼女が好きそうなカクテルを考えたりもして見た。

少しづつ縁を育ててきた。

そして、今回の旅行できちんと奈々君に伝えようと思っている。

 

ただ、それについて少々不安も残る。

大体、熊つ崎にしても沙織君にしても、俺を鈍いとか言うがそんな事はない。むしろ鈍いのは奈々君の方だと俺は思う。人の行動の意味を純粋に良い方に理解するのに、こと自分に寄せられた好意については国宝級に鈍い。全てを親切と理解するのだ。

岡山の帰りに、遠回しに結婚を匂わせて見たが、ほとんど反応はなかった。(あれは遠回し過ぎたかもと自分で反省もしている。)

京都の帰りも貴子君は駅までで、奈々君はマンションまで送って行ったのに、その違いなど全く考えていないだろう。

諏訪の時は、俺の腕の中に倒れてきたのに、気付いたら全て忘れている様だった。どれだけ意識されていないんだろう。正直、ちょっと凹んでしまった。

時折、奈々君の純粋な理解に甘えて、閃いた時にちゃっかり手を握ったりしたのはどうか大目に見て欲しい。

 

奈々君は、本当はどう思っているのだろう。

それが一番気になっている。

手を握ったりしても嫌がる素振りを見せず、そのままにしてくれているのは、実は何とも思っていないからではと考えてぞっとする。

でも、奈良の時には彼女から腕を組んできた。

もし、振られたら?

いやいや、それはないだろう。

奈々君の笑顔を思い出す。俺の話を真剣に聞いて、笑ったり、怒ったりする彼女がとても愛しい。

多分、好きでいてくれる。

そうは思うのだけど。

もしも、違ったら。

考えると眠れなくなりそうだ。

全ては明日。吉日、吉方の良き日、良き所で。







                                        END

 

かなり捏造しています。例の諏訪での「命よりも〜云々〜」が弥生先生と仮定しての話です。奈々ちゃんを放置した罰として悩みまくるがいいよ。

 

 

 

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