ノロケ話

 

「ねぇ、ちーちゃんって、誰にチョコあげるの?」
昼休み。みんなで集まって昼食を食べている時に、不意に藤井が千波矢に聞いてきた。
「え?」
「とぼけようたってダメ。今日こそはちゃんと吐いてもらうわよ!」
ビシっと人差し指を千波矢に突きつけて、今日こそは追求してやると鼻息も荒く、とてもじゃないが言い逃れできるような状況にない。
一緒にご飯を食べていた須藤や、紺野、有沢もニヤニヤとしながら千波矢を見ていて誰も助けてくれるそぶりなど見せない。
「…えっとー…今回はパス…しちゃおうかなぁって…。」
言い逃れしようと、無駄なあがきをしてみるが、それで許すような藤井ではない。
「じゃあ、14日。ワタシ、朝からずぅっとちーちゃんと一緒にいようかなぁ。」
なんて追い詰めるようなことを言って、逃げ道さえ奪ってしまう。
「うー…イジワル。」
千波矢が恨みがましい目で藤井を見るが、当の藤井は全然意にも介さないようで、あきらめて千波矢はため息をついた。
「…わかったわよ。…言えばいいんでしょう?」
「最初から吐いちゃえば楽なのに。」
にやにやと、藤井が笑いながら言う。
「で、誰?」
普段は全くそんな話に乗ってこない有沢まで身を乗り出して聞いてくる。
「…でも、…私なんてただの友達かもしれないし。」
「そんなの、わかんないじゃん。」
「もう、いいから、誰なの?」
焦れたような須藤の言葉に、とうとう観念したらしく、千波矢がその名前を口にする。
「…葉月くん。」
ぼそりと。
小さな声で呟くと、一斉に4人がええーっ!?と大きな声をあげる。
その大音響に、教室内にいた人間が一斉にこちらを向くので、あわてて千波矢はごまかしてから話を続ける。
「葉月、葉月って、葉月珪?」
藤井が連呼するのに回りに聞こえやしないかと千波矢はひやひやしながらうなづく。
「…ミズキ、もう少し千波矢って男を見る目あるって思っていたのに。」
「頭はいいけど…ちょっと怖くない?」
「…なんか、怒鳴られそう…。」
どうやら、悉く葉月君は不評なようで。
「…そんなことない。…優しいよ。」
「…優しい?あれが?」
藤井は全然わからないといった様子で首を振る。
「…だって、出かけるときとかも、私が遅刻しても、怒らないし。…ヘンな人に絡まれても助けてくれるし。」
「絡まれたの?」
「うん。…かっこよかった。『喧嘩売ってんだ。買えよ。』って。」
「…なるほど。」
みんなが頭の中でそれぞれにすごんでいる葉月を想像した様で納得してうなづいた。
「それにね、飲み物買って来てくれたり、ゲーセンで欲しいぬいぐるみ取ってくれたり、家まで送ってくれるし。」
千波矢がみんなに葉月君のいいところをわかってもらおうと力説すると、結果、それは単なるノロケになってしまって、気づくと、みんなあきれたような表情をしている。
「…信じられない。…あの無感動、無表情人間がねぇ…。」
「無表情じゃないもん。…笑うと、すごくかっこよくって。」
「「「「…笑うの!?」」」」
千波矢の言葉にみんなが一斉に驚いた顔で身を乗り出して聞いてくる。
「笑うって。当たり前じゃない、人間だもん。」
憮然とした表情で応えると、みんなは複雑な顔をするだけで。
「…中等部の頃から、葉月君が笑ったところ見たことないって有名だよ。」
紺野の言葉に千波矢は首を傾げる。
確かに、声を出したりして笑ったりはしないけど、口元を僅かに緩ませて、にこ、と微笑むとすごくかっこいいのに。
「気味悪い。…笑う葉月なんて。」
藤井のいいぐさに反論しようとすると、すぐさま須藤も紺野もそれに追随する。
「ミズキ、怖くて夢に見ちゃうかも。」
「…悪いことが起こる前触れ、とか?」
唯一、有沢だけが何も言わなかったけど、複雑そうな顔をしている。
「アイツに笑顔なんて似合わないって。」
藤井は断定するようにそう言ってから、直後、なぜかぴきんと固まった。
「…気味悪くなんてない。…かっこいいもん。」
その藤井の様子を不思議に思いながらも一生懸命に葉月君のことをかばおうと千波矢が主張する。
「あ、そ、そ、そだね。」
急にどもりながら、藤井はかくかくとロボットみたいにうなづいた。
他のみんなも、凍りついたような表情になっている。
「…千波矢。…次の物理、実験だろ?物理室、行くぞ。」
急に頭上から降って来た低い声に千波矢が驚いて振り向くと、そこにはいつの間に教室に戻ってきたのか、葉月が立っていた。
「あ、う、うん。…待ってて、今、用意するから。」
「早くしろ。遅刻するぞ。」
「うん。」
そう言って慌てて千波矢はみんなに謝ってから廊下にあるロッカーに教科書などを取りに行く。


「俺が笑うと…そんなにヘンか?」
葉月は憮然とした表情のまま、弁当を片付け始める4人に聞くと、4人は凍った表情のままもごもごと口の中で言い訳をする。
「…べつに…いいけど。…俺、アイツにしか笑うつもりないし。」
さらりと、とんでもないことを葉月は言ってのけて、教科書を携えて戻ってきた千波矢を物理室に急かして行く。その後姿を4人で見送りながら呟いた。
「…葉月…ベタ惚れじゃん…。」
「…ほんと。周りはどうでもいいってことね。」
「…あれで、ただの友達かもしれないって…?」
「ちーちゃん、鈍すぎ…。」
4人は弁当箱を抱えたまま、やりきれないように大きなため息をついた。



                                        END

 

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