実家にて

 

キリセに到着して、そこがなんとものどかな、素晴らしい場所であることはすぐにわかった。道行く人々は素朴で、誰もかれもが楽しそうに働いている。
漁をするもの、野菜を運ぶもの、手編みの籠を売る物。皆がそれぞれに自分の糧を得るためだけではなく、そのことを愛して、そしてまた自分の周りのすべてのモノを愛している。
私は隣を歩く彼を見上げる。
だからこの人はこうなのだろうと。
「なにか、ついているか?」
そう言って自分の顔を触る。
「なんでもない、です。」
慌てて返事をしてから前を見る。キリセの少しはずれにある山間の村がヒュウガさんの育ったところだという。だとすれば歩いている道の先にある集落がおそらくそれであろう。山間に流れている川の少し上に何軒かの赤い屋根の家が集まったところ、その中の1軒がそうなのだろう。
案の定、ヒュウガさんは集落の中に入るとすたすたと一番上のほうにある家に向かって歩いて行く。この時間はおそらくみんな畑に出ているのでは、と言っていたが、本当のそのとおりらしく、集落の真ん中をつっきる通りには誰もいない。
こんなうららかな天気の日などはさぞかし野良仕事がはかどるのだろう。
「ここだ。」
他の家より少しだけ大きめのその家は、何人かの人が暮らしているようで、外には大人の洗濯物が何枚か干されて風にはためいていた。絵にかいたような光景を微笑ましく思う。 ヒュウガさんはドアに手をかけると、そのまま開けて中に向かって言う。
「ただいま戻りました。」
実家に帰ったというのに、敬語を使うのは小さい頃に家をでてからしばらくぶりに会うためにどのような距離をとったらいいのかわからないからだろう。それを思うと少し胸が痛む。
家の奥から足音がし、ついでこの地方独特の衣装を着た女性が慌てて出てきた。
「ヒュウガ…。」
「ただいま戻りました、母上。」
初めて見るヒュウガさんのお母様はどことなくヒュウガさんに似ている気がする。目もとの辺り、だろうか。ヒュウガさんもかなり美人だけれど、さすがに親子だけあってお母様もかなりの美人だ。
「本当に…。」
その先はもう涙で出てこない。泣きじゃくるお母様と、それを照れくさそうに慰めるヒュウガさんと。前に言っていた通り本当に幸せな家庭だったのだろう。
「母上。…紹介が遅れました…彼女はアンジェリークと言って…。」
「ええ、ええ。聞いておりますよ。…遠いところをよくいらしてくださいました。さぁ、大したおもてなしもできませんが、どうぞおあがりくださいな。」
涙が落ち着いたお母さまはにっこりとヒュウガさんに似た顔を微笑ませると、家の中に案内してくれる。
木の板の廊下を通り、タタミという草の固いマットを敷き詰めた部屋に通されると、そこにはヒュウガさんのお父様と思しき人が座っていた。
「ご無沙汰しておりました。ただいま戻りました。」
「うむ…。」
お父様は美丈夫、とでもいうのだろうか。やはり美形で、しかしなよっとしたところはなく、立派な体格をしている。通った鼻筋などはやはりヒュウガさんと似ている気がする。
「ご苦労だったな、ヒュウガ。」
そのねぎらいの言葉にヒュウガさんは深々と頭を下げる。私もつられて頭をさげてしまった。
「おまえが聖騎士の称号を放り出して出奔した際に、教団のほうから家に手紙が来た。」
お父様の言葉にヒュウガさんの顔が弾かれたように上がる。
「家に戻ったら、ぜひ教団に戻るよう説得してほしいとのことだった。…一緒に聖騎士に決まる前のごたごたの簡単ないきさつが書かれていて、ヒュウガをせめないでやってほしいとも書かれていた。…おまえは、皆に大切にされていたんだな。」
その言葉にヒュウガさんは目に涙を浮かべて、たったひとこと、「はい」と力強く返事をした。
「…今回も、おまえの帰郷報告よりも先に教団から手紙が届いてな。…此度のことが細かく書かれていた。くれぐれもふたりをよろしくとのことだった。」
「はい。」
そうしてお父様は私のほうに向きなおる。
「初めてお目にかかります。私はこのヒュウガの父でございます。女王陛下に置かれましては、遠路はるばるのおこし、まことにありがとう存じます。」
「え、え、ちょっとまってください!私、女王さまなんかではありませんっ!」
「いや、しかし手紙にはまだ女王様の資格は十分に有しているからくれぐれも失礼のないようにと…。」
「父上、失礼!」
ヒュウガは父の持っていた手紙をひったくるとその文面をざあっとすごい勢いで流し読みする。
「ルネ〜〜っ!」
ヒュウガさんは血管をぴくぴくさせながら唸るようにして教団長であるいたずら好きの少年の名前を叫ぶ。
「父上。…この方はもはや女王様ではございません。…ともに生きていくために女王の御位を降りてここについてきてくださいました。俺にとって命よりも大切であることは女王様となんら変わることはありませんが、女王様だからではなく、ただ一人の、魅力的な女性としてその傍らに立ち、守り、ただ一つの愛を惜しみなく全てささげる方です。この方なくては私は生きていけない、それほど大事な方なのです。父上には申し訳ありませんが彼女を女王様ではなく、私の唯一の恋人、そしてゆくゆくは妻となる大事な女性であることを理解していただきたいと思います。」
私はそのセリフにテーブルの下にもぐりたいような気分になってきた。実のお父様に向かって堂々と愛とかって言われてしまうとこちらが照れてしまう。お父様にとっても非常に照れくさく聞きにくい事柄ではないのだろうか。
「そうか。」
ヒュウガさんのお父様は腕組みをしたまま、静かにうなづいただけだった。
どうやらそう思ったのはどうやら私だけであろうか?お父様は、そうか、の一言でこの熱い宣言をさらりとかわしてしまって、にこにことほほ笑んでいる。
「じょお…いやいや、お嬢さん、…アンジェリークさん。…私たちは幼いころに銀樹騎士になるべくヒュウガを教団に預けることになってしまいました。だが、その間、ずっと私たち夫婦はヒュウガの幸せだけを願ってまいりました。小さいころから自分の感情を表現するのが苦手だったので、大変心配しておりましたが、ようやく命に代えても惜しくないほど愛情をささげられる相手をみつけてくれて、親として本当にうれしく思っております。どうぞ私どもの愚息、ヒュウガを末永くよろしくお願いいたします。」
え?あれ?…そこなんですか、コメントのポイントは。っていうか、エレボスを倒して以来、ちょっと人が変わったというか、あれで感情表現苦手って、どういうことでしょう? えっと、それにお父様もなんだがさらりと愛情だの何だのと。
私は複雑な思いを抱きながらとりあえず頭を下げる。
「は、はいっ、こちらこそどうぞよろしくお願いいたしますっ!」
挨拶をしながら、ヒュウガさんのこの熱い語りは、もしかしたらお父様からの遺伝なのかもしれない。そんなことを思うようになってしまった実家での出来事だった。





                                        END

 

index    top