キリセに戻ったアンジェリークとヒュウガは故郷ではなく、キリセの中心部に近いところに新居を構えることになった。
それは現実問題として二人が何を生業にして生きていくのかと考えたところ、学業半ばにしてオーブハンターになってしまったアンジェリークの医者になりたいという夢をかなえてあげたいとヒュウガが思ったことからだった。
また、ヒュウガ自身も自分の故郷である村には医者がおらず、病気の時には離れたところにある町まで病人を連れて行かなくてはならないことから二人ともゆくゆくはヒュウガの故郷で医療関係の仕事をすることを考えるようになった。
そしてそのためには生まれ故郷である村よりは、キリセの中心部に近いところから中心部にある学校に通うほうがいいとの判断からだった。
アンジェリークは無事に大学に進むことができた。まじめで熱心な生徒として教授たちにもすこぶる好評だが、その評判に驕ることなく勉強を続けている。
一方、ヒュウガといえば、銀樹騎士になるために受けた教育がかなりのレベルであったことからそのまま大学に編入し本格的に医者の道に進むべく勉強をしている。銀樹騎士として流浪の旅をしている間に得た知識、特に薬草学にたけており、その分野の実践的なノウハウは下手な教授よりも熟知しており、助教授と他の生徒からあだ名されるほどである。
「おーい、ヒュウガ!」
口数の少ないヒュウガも故郷に近いところにいる安心感からなのか、少しづつ口数も増え、友達と呼べる人間もできた。
金曜の午後、最後の授業が終わって帰ろうと、荷物を片付けているヒュウガのところに最近仲良くなった友人が二人で駆けてきた。
「ヒュウガ、今日は時間あるか?」
「ないわけではないが、何用だ?」
ほらな、と一人が渋い顔で言い、もう一人は大丈夫だと何やらヒュウガにはわからない会話を目の前でしている。
「ヒュウガ、酒は飲めるよな?」
「ああ、無論。」
「今日さ、飲みに行かないか?」
ヒュウガは急の誘いに少し考える。友人と親交を温めるのも悪くはないが、アンジェリークが心配するかも知れぬ。夕飯の支度などを始めてしまっていては気の毒だ。一度家に戻ってから行けばいいだろうかと頭の中で考える。
「いいじゃないか、たまには。…今日はさ、女子も何人か来るんだよ。なぁ、いいだろう?」
返事をどうするべきか考え込んでいるヒュウガにたたみかけるように友人が言ったその言葉にヒュウガの眉がぴく、とわずかに動く。
「女子、と言ったな。…それはどうしてだ?」
「え?今日は合コンなんだよ。ちょっと人数足りなくてさ。いいじゃん、たまには一緒に遊びに行こうぜ。」
「断る。」
「えーー?なんでーーー?今日の相手は有名な女子大の子だよ?しかも可愛い子揃いでこんなチャンスは滅多にないんだぞ?」
「だったら他の者を誘うがよい。」
「ヒュウガがいたほうがいいんだよ。な、行こうよ。」
流れるような銀色の髪、落ち着いた物腰。美々しい顔立ちは絶対に女性受けする。ただの人数合わせではあってもそれなりのレベルを用意しないと昨今の女性はなかなかに口うるさい。
「俺には恋人がいる。」
「いいじゃん、それぐらい、大丈夫だって。」
人数合わせだし、といった友人にヒュウガは頑なに首を振る。
「だめだ。俺はアンジェリークに対してそのような不誠実なことはしないと誓った。優しい彼女のことだから俺の行動をいちいち咎めないかもしれないが、きっと内心ひどく傷つくだろう。最愛の女性にそのような酷い仕打ちはできない。たとえ疾しいことがないにせよ、彼女がそうと誤解するようなことは絶対に避けたいのだ。あの理知的な大きな瞳が悲しそうに伏せられてしまうのを俺は見ていられない。」
「う…、そ、そうか…?」
「女性をエスコートし、楽しませるといった点では男性としてはその義務は確かにあるかも知れぬが、決まった恋人がいるならばその恋人とともに少しでも長く一緒にすごし、深い愛情を育んでいくのが一番ではないだろうか?」
ヒュウガの力説にもはや恥ずかしくて友人もいたたまれなくなる。
「それに大勢で語らうのも楽しいが、今日は週末なので二人だけでゆっくりと静かに語らいたいのだ。俺はまだ彼女のことをよく知らぬから、少しでもいろいろな話を聞いておきたいのだ。」
そういいながら荷物を詰めた鞄を肩にかける。
「また今度、女性のいない時にでも誘ってくれ。」
そう言い残すとヒュウガは教室を後にする。
「…どんだけ惚れてんだよ…。」
「聞いてるほうが恥ずかしくなるよ…。」
残された二人の友達は、顔を真っ赤にしたまましばらくそこから動くことができなかった。
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