今年の五月のはじめ、突然襲ってきた腰痛は我が腰に重大な被害もたらした。あまりに凄いので、インド洋津波の第二波が迷走し、五反田で上に上がって我が腰にとりついたのかと思った。最初の一ヶ月はトイレに行くにも苦しみ、緩やかに快方に向かい、六ヶ月後には快癒する希望が出てきたある週、四日間に三日マージャンをやった数日後、
突然右足に脱力感を感じだし、日に日にその勢いを強める。恐怖感にかられ病院に駆け込み、即手術を勧められ決心した。
ライブハウスの出演を数回、札幌の銀巴里に一週間、そのあと決めてあった新橋シャミオールでの自分のコンサートを終える明くる日入院、次の日手術と決
まった。
ボクの入った四人部屋の設備は狭いけれど文句なし。看護婦(今では看護師と呼ぶ。婦長はそのまま))は好感度抜群でお世辞抜きに美人が多い。ベッドはもちろんシングルだけど、頭と足の方の上げ下げ、高さなど全て調節できる。薄型テレビはアームで吊され、照明と同じように角度が自由自在。さ
すが近代化された大病院でインターネットの接続も整っていた。あとは明日の本番を待つだけ。リハーサルはない。 睡眠薬を一錠もらいぐっすり眠る。
夕方五時前に終わった手術のあと、食事はなし。食欲もなし。ベッドに寝ているのだが背中の手術の場所が微妙に痛むので、臆病なボクは身動きが出来な
い。固まりながら持ち込んだ本を読み出すが寝返りを打てないのが辛い。一時間ごとに看護師を呼び、寝返りをお願いするが、二人で来て、僕の敷いているバスタオルを両方でつかみ持ち上げ、「セイノ!」と声を掛け合って反対
側に向かせてくれる。睡眠薬をもらい就眠。ここは九時消灯で、朝六時半には回りの明かりがつくが、自由度は抜群で読書がはかどる。
木曜日。術後一日目、傷口の痛みは昨日と比べ「いくらかいいか」ぐらいで変わりなし。元からあった腰痛は、ベッドに寝ているため快復度がわからないが感じは良好。朝食は重湯、キャベツのお新香、もやしなど入った野菜の小鉢にうすいみそ汁。昼も夜も重湯。
金曜日。二日目。回りの患者の情報では、二日目まで辛いという。今日からおむすび。お新香。うすいみそ汁。それに一品。三回ともおむすびがメイン料理。これで体力が維持できるなら、普段の食い過ぎはいったい何なんだろう。あり余る時間は読書とテレビ。読書がいかに楽しいか改めて知る。ボクの読むのはダン・ブラウンとかフォーサイスなどのミステリー活劇モノ、今読んでいるのは忍者が主役の「悪忍」。
お見舞いの友人達に、おもしろそうな本のプレゼントをお願いした。自分が選ぶのではない本も興味をそそる。たくさん読めて怪我の功名だと思う。夜睡眠薬をもらう。
まず「ベッドから車椅子に移動しましょうね」と優しくいわれ、気力を振り絞って移動を行う。ただベッドから足を降ろし、手で体を支え車椅子に乗り換えるだけだが、僕にとっては偉大なる一歩だった。リハビリ室では歩行器につかまり室内を数十周回り、あいまにスクワットを数十回行う。先生が指導するが、回数などは自分で判断する。気がつくと、以前からの腰痛はすっかりなくなっていた。ただ麻酔や数日間のベッド生活で足腰はすっかり弱くなるそうで、手術と筋肉の衰えによる痛みはしばらく続きそうだ。
ギャル看護師が「お体を拭きましょうね」といって、ベッド回りのカーテンを閉める。浴衣の上半身を脱がし丁寧に拭いてくれる。モチロンやましいことはいっさい頭に浮かばない。これだけの人格を作り上げるのに今まで68年間かかったのだ。タオルの暖かさが心地よい。やがて下半身に移るが、あちらにはうろたえる様子は全くない。「ここはばい菌が入りやすいから気をつけなければネ」といっ
た瞬間、ポコチンに強烈な熱さが伝わり、思わず「アチチチ!」と叫んだ。熱い蒸しタオルを持っていられず、僕のバベルの塔に放り投げたのだった。
隣のベッドの、寝るとすぐイビキをかく、62才になる親父の奥さんが意外に美人なのだ。だから昼でも夜でも寝るとすぐに聞こえてくる激しいイビキも、子守歌のように聞こえてくるから不思議だ。彼は数ヶ月前、酔った勢いで熱海駅のエスカレータの上から下まで転げ落ちた。途中におばさんが一人いたが上を通過したらしい。すったもんだで、駅員が
救急車を呼ぼうというのを断り強引に帰宅。家に帰ったら女房がビックリし、すぐに近所の病院に入院させられたそうだ。慎重な検査の結果、医者から手術を勧められた。頸椎、胸椎に加齢による狭窄があるというのだ。「ボクはさ、今まで150回の手術の経験があり、五回しか失敗していない」。自分は名医だから任せなさいといったらしい。五回が気になり、看護婦に病院
の評判を聞くと、「ここで手術しない方がいいですよ」と答えたそうだ。もちろんすぐ退院しこちらに移ってきた。
月曜日。五日目。リハビリで歩行器に頼らず歩く。誰も知らないボクの欠点の一つに「調子に乗りやすい」というのがある。人より数倍のリハビリなど苦にならず、早く回復
してみんなを驚かせたいという芸人魂なのだ。しかし今回の腰痛は学んだ。「もう二十歳ではない」気をつけて無理をせず、小さな歩幅で、ゆっくりゆっくり歩く。人生もこれで行こう。小さな歩幅でゆっくりゆっくり。親切にしてくれた大勢の方々に深く感謝します。
「皆さんありがとうございました」