ワルキューレ達の伝説

黒の三姉妹
ラグナロクも終焉に近づいた頃、世界の果てに三つの人影があった。
"ふぅ。はぐれたな。"
"何回も言うもんじゃないよ。"
"みんなどうしてるのかなぁ。"
その三人はそろって黒い鎧を身にまとった、女性騎士である。
巨人族との戦いの最中、女神フレイヤ率いるワルキューレたちは進軍途中に
大規模な待ち伏せに遭い、散開せざるを得なくなってしまっていた。


世界の果てに続く荒野の入り口、最後の森の出口がかすかに見えてきた。
"そろそろ、集合ポイントにつくと思うのだが。"
"誰も見当たらないねぇ。"
小規模な進軍の場合、さまざまな場合を想定し目的地までに何ヶ所か
目標ポイントを設けておくのが普通である。
"うえぇ〜。ふれいあさま〜。"
"もう、泣くんじゃないよ。"
"さて、どうしたものかね。"

がさ・・・
"!!"
まわりの木々が動いた。
"ぐへへへ。探し物はこれかい。お嬢ちゃん。"
羽飾りのついた兜を手に掴み、茂みから巨人がでてきた。
それほど大きくない。
"きゃ・・"
"あわてるな。この程度の雑魚にやられるほど、わが姉妹は弱くない。"
"そうだね。"
"ふふん。言ってくれるじゃねぇか。しかし、これを見てもまだ、そんな口が
たたけるかな?・・おい!!"
そのかけ声と共に、もう一回り小さい巨人が森の奥から湧いてでる。
"ぐふふふふ・・・。"
"ふん。我が姉妹から兜を取るだけのことはある。・・・と、言うところか。
しかし、ずいぶん減ってるんじゃないのか?お前ら。"
巧妙に隠してはあるが、注意して見れば争った形跡がある。しかも、真新しい
血の匂いはなかなか消えない。

"ぐ・・・。"
"その程度であたいらに勝とうなんて。ふふっ。"
"ぐぐぐ。か、かかれ!!"
その声に応じ、2〜30の巨人が一斉に襲いかかる。
"ツヴァイネ、ドライネ、やるぞ。"
"よし。""はい。"
三人は剣を抜き、背中合せに三角を形作る。
"大いなる風の王よ、その力をもち大気を狂わせよ!"
ドライネの呪文に応じ、大きな竜巻が三人の中央に生じる。
"ぐははは。慌ておったか!!詠唱に失敗しておるぞ!!"
勝ち誇った声。しかし、その直後その声は恐怖に戦くことになる。
発生した竜巻は三人を飲み込み、黒い旋風となって巨人を襲った。
黒い旋風の通った後には赤い血の霧があたりを暗くする。

霧が晴れた後に立っていたのは兜を持った巨人だけ。
"さて、その兜を返してもらおうか。それと、その持ち主はどこに行った
のかも教えてもらおう。"
"ぐ・・・ぐがぁ!"
巨人はもっていた兜を投げつけ、森の出口に向かって走り出した。
"おまち!"
ツヴァイネが追いかけた直後

"これは!"
"どうしたの?アイーネ。"
"偽者だ。"
"へ?"
"これは我が姉妹のものでは無い。"
"どうして?"
"・・・!しまった!追いかけねば"



森の出口、先程まで荒野の入り口が見えていたところには、早くも
土煙が上がっている。
"くっ。もう始まってるのか。"
"待ち伏せなの?"
"どうやら、完全に読まれていたみたいだ。"

森の出口では、ツヴァイネが孤軍奮闘、いくつかの巨人が足元に
転がっている。
"なにしてるんだい。遅いじゃないか!"
"ふん。先走るのが悪い。"
"・・・ふん。悪かったね。"
しかし、こうは言っても、アイーネは内心ほっとしていた。
多対一の場合、ひろい場所で戦うことは即敗北に繋がるのだが、
ツヴァイネは上手く、狭い場所を選んで戦っている。
逆上していたように見えていたが、戦いのセンスが彼女を引き止めたのだろう。

"さて、先程と変らん陣容にみえるが・・・"
"そうさね。これくらいなら、あたい一人でも良かったんだけどね。"
言いながら、また一人巨人が倒れる。
"おかしいな。"
"なにが?"
"先の兜、偽物だ。"
"なんだい?そりゃ。"
"どうやら、我らの行動が読まれていたらしい。"
"あらま、困ったもんだねぇ。・・・でも、それにしちゃ少ないんでないかい?"

っ・・・ごごうぅぅぅん
突如、巨人の群れの中心あたりから幾本もの土の柱が生まれた。
だんごとなっていた巨人は柱に貫かれ、空に舞った。
"・・・ドライネ"
"ははは・・。だって、巨人の皆さん固まってらしたから、つい。"
彼女らの戦闘センスは目を見張るものがある。
攻撃の瞬間を見逃すことは無い。
このセンスをして、彼女らをワルキューレにせしめているのだから、
当然といえば当然のことであるが。

そして、残ったのはまたも先の巨人であった。
"さて、何を企んでいたのか知らないが、そろそろ片づいてもらおうか。"
アイーネがすらりと剣を抜いたその時、殺気を感じた三人は瞬時に散った。
その直後、・・どっっ ごばあぁあぁあぁぁぁ
三人のいた場所に巨大な火の玉が降ってきた。
その火の玉は、逃げ遅れた巨人を一瞬にして焦がし、地面を大きく穿った。

"ははは。さすがに、これじゃだめだったみたいだな。"
"・・・サイクロプス"
巨人族の中でも、一際大きな身体と、高い知能を持つ、一つ目の巨人。
その一族の中には、時折、神をも凌ぐほどの力を持つものもいるという話だ。

"ふん。単身乗り込んで来るとはいい度胸じゃないのさ。"
言いつつも、一般的なサイクロプスに比べ異常に大きい
目の前のサイクロプスから目を離さない。
巨人族の強さはその身体の大きさにほぼ比例する。
"いやぁ。グレスリヒの奴がもう少し保つと思ってたもんでね。"
"ふっ。なめられたもんだな。"
"わりぃなぁ。そういうつもりじゃなかったんだけどな。しかし、こっちにも
事情ってもんがあるもんでね。手っ取り早く片づけさせてもらおう。"
"悪いって思って無いでしょ。"
"いやいや、敬意を表して、これくらいのハンデは貰おう。"
言うなり、サイクロプスは両手を広げた。
"出よ!我が同胞。"
突然、アイーネのまわりに一回り小さなサイクロプスが10体ほど現れた。
"きゃ、アイーネ。"
"・・・なるほど。準備はしてきたみたいだな。"
"ははは。驚いてくれんのかね。さすがフレイア配下随一の使い手。まずは
お手並み拝見と行こうか。"
"この程度でか?"
"言ってくれるなよ。こっちにも事情ってもんがあるんだよ。
さて、それじゃぁ、俺はこっちのお嬢ちゃん方と手合わせ願おうかな。"
"・・・!やっぱり、なめられてるようだね。"
"・・・大いなる父神よ、その手で我らを包み、その力を与え給え。"
唱えるなり、三人の鎧と剣が輝きだした。
ドライネは元来、攻撃魔法より付与魔法の方に長けている。
"ありゃ。この嬢ちゃん、抜け目無いなぁ。"
"ありがとっ。"
"さて、お互い準備も整ったし、やりますか。"

その声が合図であったかのように、呼び出された10体のサイクロプスが
アイーネに同時に飛び掛かる。
アイーネは大きく息を吸い込むと、手に持った剣を一閃させた。
僅かな接近時間の差をついて、一番先に飛び込んだ巨人の首が飛ぶ。
と、同時にアイーネは巨人を飛び越えた。振り向きざまに、一閃。
もう一つ、巨人の首が飛ぶ。

"ひゅ〜。こりゃ、うかうかしてらんねぇなぁ。"
そこに、ツヴァイネが飛び込んできた。
"よそ見してる暇なんて無いよ!はっ!!"
稲妻のような突き。先程戦っていた時よりも数段早い。
"ひょっ"
サイクロプスはその身体からは想像も出来ないほどの素早さで身を躱す。
"くっ。"
最も大きな目標−腹−に決めに行った突きを躱された。どうやら、先程
からの余裕は、まんざらうそでもないらしい。
"あらぁ。おしい。"
"・・・ドライネ。のーてんきなのはいいけど、こりゃぁ、骨があるよ。"
"そだね。いまのツヴァイネの、速かったもんね。"
"・・・・・・・・"
"ふいーっ。驚いたなぁ。嬢ちゃんの突き、アイーネの嬢ちゃんよりも
早いんじゃないの?実際。"
"!!・・・おまえ、何を知ってるのさ!?"
"そういえば、待ち伏せとかしてたんだよね。"
"え?何をって、お前さんたちここどこか知ってて言ってるのか?
巨人の国、だぜ。炎の壁を越えてきたんじゃなかったのか?"
"・・・そう言われてみれば"
"・・・そうでしたわね。"
"ま、いいや。あちらはもうすぐにやって来そうなんでね。
少しでも有利にしないとな。・・はっ!"
"なっ・・・!!"
"きゃ・・・"
巨人が消えた。と、同時に、二人のワルキューレは吹き飛ばされていた。
"まぁ、こっち方面任されたんでね。覚悟してくれ。"


"いったぁ。なんか強そうよ。"
"だからさっきから言ってるじゃないのさ!"
言ってる間にサイクロプスが飛んで来る。
二人のワルキューレは左右に飛びのき、小さく避けたツヴァイネは
再びサイクロプスに向かって跳ねた。
直撃。
サイクロプスの首筋に直撃したと思われたツヴァイネの一撃は、
サイクロプスの左篭手で止められていた。

"おしい。で、左が開いてるな。"
サイクロプスの右拳がツヴァイネの左わき腹に入った。
"あなたの後ろもね!"
ドライネの放った魔法のロープがサイクロプスを縛めるのが一瞬早く、
ツヴァイネは直撃を免れた。
"ちっ。"
"ツヴァイネー。だいじょぶー?"
"ああ。なんとかね。"
サイクロプスの一撃をかろうじて楯で受けることができたツヴァイネは
しかし、無傷ではいられなかった。左腕がしびれて動きそうにない。

"時間掛けてもしかたないね。覚悟おし!"
ツヴァイネが剣を振りあげたとき、
"このロープは、30点だな。"
サイクロプスが魔法の縛めを解いた。
"なっ・・"
驚くツヴァイネはサイクロプスの一撃をもろに食らってふっ飛んだ。
"これで一人!"
サイクロプスは遠ざかるツヴァイネに炎の玉を投げる。
ごおっっつっっっ。

直撃。

"おしかったな。"
"へっ。もう来たのかい。嬢ちゃん。"
魔力の余韻が晴れた時、ツヴァイネの前にアイーネがいた。
"・・・と、すれば、あのロープは35点ってとこか。"
"ふっ。5点の評価、有り難く頂戴するよ。
 ツヴァイネ!ドライネ!"
かけ声と同時にサイクロプスから距離を置き、三人が集まる。
そして、アイーネを先頭に、サイクロプスに向かって一直線に
走り出す。
"こ、これは・・・。"
"あたいらの攻撃、かわせるかい!?"
"ジ○ット○トリームア○ックか!!
 しかし、こいつぁテレビで見て研究済みなんでね。"
言って、アイーネの攻撃を飛んで躱したサイクロプスに、
アイーネの後ろから飛び上がったツヴァイネよりも先に
ドライネの放った特大の火の玉が、ツヴァイネの足元から
サイクロプスを襲う。
一瞬。
振り返ったアイーネが見たのは、炎に包まれるツヴァイネと
ドライネ、そして、真っ赤に燃え盛るサイクロプスだった。

"・・・!!!炎の巨人・・・か。"
"悪いなぁ。火の玉は使わせてもらったぜ。"
"・・・斬る!!"
嵐のような斬撃。それを全て炎の巨人は篭手で受け流す。
受け流しはするが、攻撃に転じることも出来ない。
20合ほど打ち合った所で、ふと、アイーネの攻撃が緩んだ。
ドライネの魔法が効果を無くしたのだ。
"さて、そろそろのようだな。嬢ちゃん。"
"ほざけ!"
斬撃を繰り出す速さは変らないが、明らかに一撃の重さが
違っている。
そして、炎の巨人の拳がアイーネの身体を捕らえた。
瞬間的に楯で一撃を受けたアイーネだが、ダメージはある。
対して、炎の巨人に疲れはない。

その時、森から一本の矢が現れた。
"むっ!"
炎の巨人が矢をはじいた瞬間、アイーネが仕掛けた。
必殺の一撃。
炎の巨人はその一撃も篭手で受けた。だが、アイーネの剣は
巨人の篭手を砕き、巨人の腕を落とす。
"がっっ"
"アイーネ!ツヴァイネ!ドライネ!"
森から駆けて来る、青と紫色のワルキューレ。
"副隊長。ビオランテ・・・"
"ちっ。つくづく運がねぇなぁ。仕方がない、今日はこれまでだ!"
言うなり、炎の巨人はやって来る二人のワルキューレに向かって
巨大な火の玉投げつけた。
そして、消えた。
"待っ・・・"



"アイーネ・・・。"
"・・・二人は・・?"
"ツヴァイネは・・・もう。"
ツヴァイネとドライネが二人のワルキューレに運ばれて来ていた。
"・・・アイーネ・・"
"!!"
"はは・・。まけちゃった・・ね。ツヴァイネは・・・?"
アイーネは動かない。
"・・・そう。わたしも、だめかも。はは。"
"・・・"
"・・でも、最後に、アイーネにしてあげたい。私たちの
 最後のちから添え。"
ドライネが呪文のようなものを唱え始める。
アイーネは今までこの呪文を聞いたことがない。
"大いなる父の僕・・我らの魂・・・今解き放たれようと
 その想いひとつ・・・我らの・・魂もち・この者・・
 守り給・え・・・"

ツヴァイネとドライネの身体が輝き出し、徐々に光の粒へと変って行く。
アイーネは気付いた。二人の姉妹は、自らをしてアイーネを守るべき
物に変らんとしていることを。
その光の粒はアイーネを包み込んだ。
光が消えた時、そこには漆黒の鎧兜に身を包み、巨大なハルバードを
携えた一人のワルキューレがいた。


"アイーネ・・・"
"アイーネは死んだ。二人の妹と共に。"
アイーネは自らの剣をビオランテに差し出した。
"無用の長物だ。どこぞに打ち捨てておいてくれ。"
"これから・・・"
"私はこれからあのサイクロプスを討つ。それだけだ。"
"それでは、我らと一緒に・・・"
"ふっ。もう会うこともあるまい。"
"アイーネ・・!"
"その名のワルキューレはもういない。さらばだ。"

この後、アイーネの姿を見た者はいない。
アイーネの追って行ったサイクロプスの姿を見た者も。


そして、神々の時代は黄昏を迎え、時は流れ、
緑の瞳の幼い女神が唯一人のワルキューレとなった。


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