001:声
今もなお声は響けど幽明を隔てし二人は遭うことなくて
002:色
紅色に頬を染めたる十八の君が迎えし卒業の日
003:つぼみ
つぼみたる藪椿にも外海の激しき風は雪を散らして
004:淡
淡々と過ぐと思へる日常が破れて狂ふ我が心かな
005:サラダ
我が中にサラダの如く混じりあひひとつとならぬ想ひのありし
006:時
つかの間の時よ止まれと云う想ひ悟りにあらずやがて消え行く
007:発見
生きるてふ旅の半ばで知らざりし己が姿を発見しおり
008:鞄
停車場で乙女の群れが遊びおり横に置かれし緑の鞄
009:眠
安眠を貪る昼の我が耳に突然聞こゆ火事のサイレン
010:線路
谷底を走る線路を見下ろして珍鳥遊ぶ森がありたり
011:都
幻の都を求め倒れたる人が眠りし密林も消ゆ
012:メガホン
メガホンを使わずあれど若者の応援の声山に木霊す
013:焦
焦点の定まらざりし眼鏡にて世界を見れば悩み少なし
014:主義
馴染みたる主義にてあれば懐疑てふ理性を抑ゆ感覚強し
015:友
信じたる理想に殉じ生き行くを疑わざりし友はいずこに
016:たそがれ
たそがれの寂しさ感じ島に落つ夕陽を眺むカトリック墓地
017:陸
流されて故郷の島も陸も見ず数千キロを小船は行きし
018:教室
降り続く弥生の雪を外に見て教室の窓湿気で曇る
019:アラビア
アラビアの栄華が伝ゆ古の知恵無かりせば違ひてあらん
020:楽
楽々と歌を詠まんと欲せども浮かぶ言葉は豊潤ならず
021:うたた寝
うたた寝で時を見紛う昼下がり脳の起きるをしばし待ちおり
022:弓
無心にてただ点のみを見つめては人と弓とがひとつとなりぬ
023:うさぎ
首かしげ穴に落ちたる白兎アリスとともに今も生きおり
024:チョコレート
ウィスキー入りチョコレートをば虫歯にて噛みしめており君が贈れば
025:泳
遠浅の白砂の浜に人はなく少年はただ泳ぎておりし
026:蜘蛛
ジダコてふ蜘蛛をけしかけ争わす幼き日々の遊びは廃れし
027:液体
液体が放つ破壊のすさまじさ翻弄されし人のやるせなさ
028:母
年老いて気丈な母が時に見す自信なさげな眼差し悲し
029:ならずもの
一筋の涙を流すならず者いまわの際にかすかに微笑む
030:橋
丸木橋台風前夜漁船を見回る人が上から見下ろす
031:盗
荒れし山土地盗人のなすがまま不在者との境は決まる
032:乾電池
乾電池使い捨てるが惜しければ充電出来を買い求めたり
033:魚
トロ箱の氷の中で朝市の魚は青き空を見ており
034:背中
扇にて顔を隠して舞ひたりし乙女は消えぬ背中を見せつ
035:禁
禁じ手を誰が決めるか知らねども隠れしルールが突如現る
036:探偵
歌詠みに探偵のごと捜せども目指す言葉は見つからずあり
037:汗
けだるさの中に吹き出て流れ落つ汗を感じる夏の昼下がり
038:横浜
横浜で過ごせし若きとき想ひ出は懐かしくあれど苦くもありて
039:紫
目立たずに狭庭に植えし花の名を紫式部と妹が言ふ
040:おとうと
おとうとの生まれし夕べ父のもと知らせに行きしがじゅまるの下
041:迷
もがきても迷路を抜けて行き着けぬ未来は見えず過去も消え行く
042:官僚
官僚が立候補しては改革をなすと言ひおる総選挙かな
043:馬
東から常と変わりて白き馬天を駆け抜く嵐の前に
044:香
外海の広き草原に磯の香を浴びて蜻蛉の羽が飛び交う
045:パズル
パズルにも様々あれば好みしと好まざるとが自ずとありて
046:泥
汚れたる泥水の中美しき蓮の花今咲きほこりたり
047:大和
行く末を知るや知らぬや深海に藻屑と消えし大和を想ふ
048:袖
ひらひらと袖をそよがす冷たさに今年の暑き夏も終わりぬ
049:ワイン
稀に飲むワインの香り麗しきボトルの与ゆ幻想の過ぐ
050:変
変人と呼ばる総理が圧勝し右往左往す良識気取り
051:泣きぼくろ
微笑みて可愛く映える泣きぼくろ くしゃくしゃの顔する時あるや
052:螺旋
支えなき螺旋階段きらめいて青き空へと続きておりし
053:髪
いきつけの女理髪師我が髪のかつて荒きを常に言ひたり
054:靴下
暑きとて靴下はかぬ日常のまだ続きおり残暑の秋
055:ラーメン
空腹の冬の夜長にストーブ火で作るラーメンの香りが満てり
056:松
坂道を一気に降りてたどり着く海の牧場に松が広がる
057:制服
中学の制服着るは見納めで母娘連れ立つ高校説明
058:剣
海を越え剣はなけれど言葉にて宣教師らは前触れをなす
059:十字
夕映えの東シナ海を遠景にカトリック墓地の十字は紅し
060:影
秋海の夕暮れ時に赤々と嵯峨の島その影を映せり
061:じゃがいも
注意して打つ鍬先にじゃがいもの殊に大きが白く割れたり
062:風邪
秋風邪に馴染みし身さえ忘れしや今年の暑さ今も続けば
063:鬼
みはるかす空と海との広がりに永遠(とわ)をば想ふ鬼岳の秋
064:科学
進み行く科学の果てに辿り着く世には変わるや人の心は
065:城
海城の跡に建ちたる高校に学びし君ら島を離れり
066:消
その昔江戸屋敷にて河童らが火を消したりと信じる人あり
067:スーツ
故里に始めてスーツで降り立てば暑さの戻る盆休みかな
068:四
渾身の力で投げてサヨナラの四球にエースは膝まづきたり
069:花束
乙女らは戴帽式を終えて後まぶしき顔で花束を受く
070:曲
トンネルが出来て通らぬ曲がり坂今も昔のままにあるらん
071:次元
今日もまた幻のごと異次元を彷徨ひて後現に戻る
072:インク
奥深く仕舞い込まれし万年筆インクの匂ひ未だ漂ふ
073:額
話すときじっと見つむが癖なるは額の広き乙女で在りし
074:麻酔
パニックで真白になりたる時過ぎて麻酔の脳が考え始む
075:続
陸続と運び込まれる怪我人の顔に刻まる震災の跡
076:リズム
盆を告ぐチャンココ踊り若者が舞ひて太鼓のリズムが響く
077:櫛
お転婆は赤き櫛さしいつになく済まし顔にてただ微笑みたり
078:携帯
用無しと思ふ携帯忘れ来て帰りて後にまずメールチェック
079:ぬいぐるみ
別人になりたる如く飛び跳ねてぬいぐるみの中で汗も気にせず
080:書
書きたしと思へど書けぬときのみがただ過ぎ行きて想ひも消えぬ
081:洗濯
憂き事の多く溜まりし日常に歌を詠みつつ命の洗濯
082:罠
恐ろしき罠とも知らず嵌り行き抜け道探す術も無きかな
083:キャベツ
畑には見捨てられたるキャベツが土になりゆく豊作不況
084:林
林間を歩くウォーキング人影は見えず鳥たちが呼び合ひており
085:胸騒ぎ
不安なる想ひが募る胸騒ぎのろき歩みの時が過ぎ行く
086:占
迷信と嘲り笑ふ占いに魅入られしごと操られたり
087:計画
エネルギーの枯れ果てたりて知らぬ間に忘れつつある計画変更
088:食
ぐつぐつと茹でて煮込みし真白なる五島うどんをすすりて食べる
089:巻
一息に読了したる厚本の続きの巻を読むは楽しき
090:薔薇
黒薔薇の茂る彼方に聳えたる城が霞みて墨絵の如し
091:暖
正月の寒きあしたにおんのめの餅焼く火で体暖む
092:届
届きたる宅配便の中からは本とベルトの贈り物かな
093:ナイフ
手に入れし万能ナイフの使い道夢が広がる幼き日あり
094:進
進むべき決断出来ずたじろぎし苦き思ひの日も遥かなり
095:翼
天空を自在に駆けるイカロスの翼は消えてつかの間の夢
096:留守
留守電のメッセージのみが流れ来て消息知らぬ人になりたり
097:静
鮮やかな色を見下ろす高層の部屋に漂ふ静寂な世界
098:未来
果てしなき時が進みて今の世が点と覚ゆる未来も来よう
099:動
くるくると廻り続けて動かざる独楽が揺らぎてまた動き出す
100:マラソン
走りてはまた休みつつ歌を詠むマラソンゲートに今辿り着く