Scars of Slavery by Dr. Rickter V. Mesadieu


*Scars of Slavery by Dr. Rickter V. Mesadieu
Morris Publishing 1999

ISBN: 0-7392-0079-8 Library of Congress Catalog Card Number:99-93008

これは私のe-palの友人であるDr. Rickterによって書かれた本である。私は去年の5月に、e-palからの贈り物と言う形で受け取った。1ページ目に作者から、1999年5月2日の日付と私へのメッセージが書かれたサイン入りのメッセージがある。当時私はこの本を途中まで読んで、一応の感想を作者に書き送った記憶がある。しかし今回まじめに読んで見た。なお、本来はDr. Rickterという書き方はおかしいのだろうが、私もe-palも、彼のことをそう呼んでいる。

A5型のペーパーバックで、ページ数は110ページだから、そんなに厚い本とはいえない。これはおそらく商業ベースに乗った本ではないと思う。部数もほとんど出ていないと思うし、発行後1年近く経っているとはいえ、日本ではほとんど知られていない本ではないかと思う。作者は前書きにDelray Beach牧師が書いているように、ハイチ生まれで、フランスとハイチで医学を学んだ。ハイチでしばらく開業した後、アメリカにわたりこの本を仕上げた。現在はフロリダに住んでいる。

黒人たちが今なお、奴隷制度からどのような悪影響を受け、それを克服するためにはどのようにしたらいいかを論じた本である。ただこの本、あまりにも大きなテーマを取り上げた。そのために内容が抽象的になって、時々から回りしているようなところがある。もう少し論点を絞ったほうが良かったと思う。おそらくは筆者の個人的経験を材料にして書かれたものだろうから、この辺を詳しく書いていれば、もっと説得力があるというか、面白くなったと想う。

奴隷制度がいかに、奴隷にも奴隷所有者にも非人間的影響を与えるか?そしてまたその影響が今なおいかに濃く残っているか。奴隷たちにとって、独立した後もそのモデルとなるべきものは旧主人たる白人たちの行き方しかなかったから、黒人国家の指導者たちは今度は自分たちが同朋を搾取・抑圧し始めた。作者の挙げる例は、いずれもつらい。今まで読んだ黒人に関する本の中で一番救いがないと思った。これはカリブ出身者たる作者の立場を表しているのだろうか?キューバ人が同じテーマを扱ったら、こんなに書くかなという思いを、読みながら何回も思った。キューバはカリブでは大国だし、独立心や自尊心もまた違うのではないかな、とつい思ってしまうのだ。

奴隷制度の起源については、オランダとポルトガル人が音楽と娯楽と酒とセックスの好きな黒人の性格をうまく利用して、夜の船のパーティに招待し、酔わせて連れ出したそうである。またアメリカに来る途中で肉体的弱者は死亡したから、現在生き残っている黒人はすべて、その厳しい旅を生き延びたから、頑強な肉体の所有者の末裔であり、スポーツが得意なのは当たりまえだそうだ。このへんは少しはぐらかされている感じもうける。

作者はアメリカに住んでいるが、ここで対象としている奴隷制とは、作者によればアメリカの奴隷制というより世界の黒人たちが共通に経験した奴隷制らしい。この辺は、非常に漠然としているし、すべてをひっくるめて、アフリカもアメリカも、あるいはカリブ諸国も、奴隷制の傷跡に苦しむ黒人たちというのは、歴史的・地域的特性を無視しているから、あまりにも単純化し過ぎているような気もする。ここにはハイチ出身者としての作者の苦悩があるのかもしれない。アメリカの黒人たちが持っている自信や独立心を共有することが難しいのかな、と思ったりもした。

迷信、無知、仲間同士の争い、搾取など黒人国家の持つ悪習もいろいろあげられる。あるいは黒人仲間に対しては白人としてふるまい、白人としては卑下するmulattoの存在。ここにはBlack is Beautiful!と叫んだ、アメリカ黒人の力強さは内容だ。先進諸国との経済・技術格差がますます広がりつつある多くの黒人国家では、事態は今でもかなり深刻なのだろうと思う。

奴隷制が今でもあるという例として、カリブ諸国の一部の実情をあげる。そうかと思えば、黒人が奴隷制の歴史を克服する参考として、古代ユダヤ人のバビロン捕囚や、ローマ人によるギリシア人の奴隷化の例をあげているのだが、民族としてのまとまりを持っていた2000年以上前の彼らの例と、アフリカ黒人の例はかなり違うような気がする。

ただ意外だったのは、日本という名前はあちことに出てくることだった。日本はあまり関係の無いテーマだと思っていたから、これには読み進むにつれて驚いた。作者は詳細に日本の研究をしているわけではないのだろうが、黒人国家が進むべきモデルとして日本を思い描いているらしい。例えば経営者と労働者の関係とか、教育水準の高さとか、産業技術の高さなどである。アフリカに日本のような国が1つあったら、その周りの国が皆貧乏国であったとしても、世界は黒人を尊敬するだろうという表現もあった。そういえば、ずっと前にも日本に熱いまなざしを注ぐアフリカのエリートたちの記事を読んだことが有る。

作者が語る現実は、かなり厳しいのだが、その悪循環を断ち切ろうとして、解決策としてはキリスト教と教育の2つをあげている。解決策はなかなか無いだろうし、教育の充実とか黒人専用の専門学校の設立などを強く訴えている。そして奴隷制とは単なる政治的経済的問題ではなく、より精神的問題だと痛感している筆者はしきりに自尊心・独立心・愛情・助け合いの価値などを強調するのだが、本書を読んだ全体的印象では、かなり厳しいような気もする。しかしこの辺は、現実の方がより明るいかもしれない。

作者は超まじめな人柄のようなのだが、私が読んでいて思わず笑ったところが2ヶ所あった。その1つはアフリカ諸国が是非自分たちのオリンピックを持つべきだと主張する中で、その根拠としてアフリカ諸国はメダルを作れるのに十分な金を持っているではないかと述べているところ。もう1つは残虐なDuvalierが失脚したとき、民主主義を獲得したと信じた人々がまずしたことは、通りに出て女性の尻を触ったというところ。人々はそれが民主主義だとまじめに考えたらしいが、作者にとっては、これは許されざる行為として映ったようだ。もしかしたら、作者はユーモアとして書いたのではないかもしれないが、私には本気で書いているように思える。少しおかしくはあるが、しかしよく考えれば、ここにこそ作者の深い絶望と悲しみが潜んでいるような気もする。

この本は自費出版では無いが、簡単には手に入らないのではないかと思う。Amazonで検索しても、出てこない。それで一応IEBNとアメリカの国会図書館のカタログカードNOを最初に書いた。作者にとっては初めての本のようだ。出版社の仕事ぶりが悪いのか、ミスプリントというか、大文字・小文字の誤用、句読点などの混乱、そうしたケアレスミスがかなりあるのは少し残念である。英語の使い方も気になるところがあった。そういえばハイチはかつてフランスの植民地だったのだった。

私のe-palはジャマイカ出身である。アメリカの市民ではなくてアメリカに住む他国籍の黒人であることの悩みを、時々聞かされた。作者のDr.Rickterとは、今まで何回か短いメールのやり取りをしている。辛口の批評になったけれど、この本で述べた彼の未来への想いが、やがて現実になることを祈っている。

ほかのe-palから送ってもらった英語の本で未読のものが、まだ4冊残っている。去年、送ってもらった当時は、すぐにでも読まなくては、という気持ちもあったのだが、今では気が向いた時にゆっくり読もうと思っている。これはまずその手始めに読んだ。

2000-2-20



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