ロバート・スレイター ソロス


*ロバート・スレイター著 三上義一訳 ソロス…世界経済を動かす謎の投機家 
 早川書房 1995年11月30日発行(1996年1月31日 5版)

あまり熱心には経済記事を読まない私でも、名前だけはあちこちで聞くソロスの伝記である。ソロス側の協力は得られずに書かれたようだが、大体客観的に書かれているのではないかと思う。ただし最新刊ではないから、ソロスの活動も主に1994年までである。その後の東南アジアの金融危機に果たした彼の役割などは,時期的にはこの本の刊行後のことだから、書かれていない。

この本、一気に読むというわけには行かなかった。イングランド銀行とのポンド攻防戦など、面白い個所もあったのだが、全体的にはそう興奮して読めるというものでも無かった。ここでは彼のクォントムファンドがいかに成長してきたかが、ということはいかに設けてきたかということなのだが、豊富なエピソードとともに語られている。彼の人間像もいろいろ描かれているのだが、かなり誇り高いというか、独善性の強い人物らしい。

しかしその彼も最近は特に東欧に対する慈善活動に興味を示しているようで、単なる金儲けがうまい人物と言う評価だけでは満足できなくなっているらしい。金力ではなく知力と慈善事業によって評価されたがっているらしいが、世間の評価は必ずしもそうは行かないらしい。慈善活動の方は、一応うまく言っているようだが、普通世間がソロスに注目するのは、金儲けをするために、彼の動きをすばやく察知し、それを真似ることらしい。彼の意に反して、彼がいくら経済理論を云々してもあまり聞く人はいないようだ。また彼はアメリカ政府の経済外交政策に影響を与えたいと思っているようだが、これも不本意な結果に終わっているようである。

マハティールが蛇蝎のごとくソロスを嫌っていたのは知っていたが、まあ考えれば確かに当然かもしれない。この本では優等生だったメキシコ経済がソロスたちヘッジファンドのグループによっていかに崩壊させられて行くかについては、ほとんど語られていないが、時には100億ドル単位の金を使って襲いかかるかれらの活動によって金融政策が混乱させられることはありうることだと思う。

3〜4日かけてようやく読破し、それからまた少し時間が経っているので、この本をまとめようとしてもなかなかうまく行かない。というより最初から、そうしたことは念頭には無かった。最近の経済情報にも少しは親しんでおかなければと思って、手に取った本である。最初に専門用語の説明が6ページくらいあるが、読破するのに特に難しかったということは無い。漠然と聞いていた専門用語を少しは理解できるようになったし、もう少し同じような本があれば読んでも良いような気にもなった。もちろん正確に全体像を理解したかどうか疑問は残るが、ともかく彼らの生きている世界の雰囲気だけは感じることが出来た。

一読後、別にソロスをすごいとも思わなかった。彼は理論家として尊敬されたいらしいが、どうもたいした理論というものは無いのではないか、というのが正直な感想である。認識は間違うとか、市場は合理性で動いているのではないとか、あるいはトレンド理論にしても、私には昔の相場師が本能的に持っていたものとしか思えなかった。もちろん彼の場合は、広い視野で物事を考えているという特徴はあるにせよ、特に目新しいことを行っているようにも思われなかった。このへんは私が実情を知らないから、そのすごさが分からないのではないかとも思う。ただ時として彼の動かす金額の巨大さには驚いた。それと直感力と判断力、このへんはかなり他の人より優れているようだ。敗北にこだわらないというか、思い切りの良い方向転換も、普通にはなかなか持ち合わせない資質かもしれない。

投資額の巨大さもさることながら、ヘッジファンド自体は普通の人には参加できない。一部金持ちグループのものだし、個人的には売買の決断は投資会社などを使うから、最初から同じ土俵には上がれない。いわばプロの世界なわけだ。彼らは株式、為替、債権、商品すべてを視野に入れて、ただ利益だけを求めて、巨大な資金を動かす。小ソロスはいくらでもいるだろうし、こうした集団に狙われたら貯まったものではないな、というところが正直な感想である。私はマハティールの感想に親近感を覚える。ソロス自身、何らかの規制も必要だとの感想も漏らしている。

ヘッジファンドが万能でないことは確かだが、いったん混乱が発生すれば、それを助長し、望ましいところで均衡するわけではない。やがては落ち着くとしても、その前にヘッジファンドは、既に利食いをして荒らしまわった後だろう。そうした混沌の中でしか、彼らの利益は実現出来ないから。厄介なものを背負い込んでしまったが、だからといって関心の無いものにもその影響があるところが、怖い。

もしマルクスが生きていたら、「今、世界にはヘッジファンドという妖怪がさまよっている」と云うかもしれない。

2000-2-8



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