壷井栄 雑居家族


*壷井栄 雑居家族 毎日新聞社 1999年10月10日発行

前後して2人の島出身の女性作家の作品を読んだ。1人は小豆島出身の小説家壷井栄、もう1人は福江島出身のノン・フィクション作家今井美沙子である。壷井栄の名前は有名だが、今井美沙子は現在50代で活躍している人だが、壷井栄ほどの知名度は無いだろう。

*壷井栄 雑居家族 毎日新聞社 1999年10月10日発行

壷井栄は私にとってもなじみ深い作家である。「二十四の瞳」や「柿の木のある家」「母のない子と子のない母と」など、かなりの数の作品を読んだのではないかと思っている。しかし何しろ30年以上前に死んだ作家であるから、新しい作品を読めるとは思わなかった。これは1999年の10月発行であるが、1900年に生まれた彼女の生誕100周年を記念して発行されたものらしい。もともとは1955年の連載小説であり、翌年筑摩書房から出版されたものらしい。

1つ屋根の下に7人の名字の異なる人々が住んでいる。父親と母親の文吉と安江は世間でいうところの事実婚であるから、正式の婚姻をして同じ姓を名乗ることも不可能ではない。ところがあとの4人の内、3人は彼らが赤ん坊の時から育てているわけだから、実質上彼らの子供というわけなのだが、1人1人の事情は違う。音枝は知人のまた知人が妻とは別の女性に産ませた子供で、文吉も安江も音枝の実際の両親に会ったこともない。冬太郎は安江の亡くなった妹の子。夏樹は安江たちが仲人をした若夫婦の子供。両親が病弱なので、これまた生まれてすぐ引き取ったのだが、どうもその後両親は亡くなったらしい。

これに7年間も金を払わないで間借りしている進と、安江の故郷から勝手に転がり込んできた浜子が加わる。これで同居人が7人というわけで、苗字も7つ。雑居家族のタイトルの所以である.そして何かと言うときに顔を出す兵六。彼は若いとき安江の姉と駆け落ちしたことがあるらしいが、その後姉は死亡して他の女性と結婚して娘が1人いる。この8人が主な登場人物だが、安江と音枝、兵六と浜子の4人が比較的詳しく描かれている。

安江は実際の栄がモデルだとすれば、文吉は当然夫の繁治ということになる。小詐欺師の才能がある兵六から何度だまされても、すぐにけろりとする安江夫婦。解説には人間愛と生きていることを肯定することこそが壷井文学の特徴だと書いてある。壷井栄も私小説作家とは違うとはいえ、生活に根ざした作家であるから、モデル探しが必ずしも適切とは思えないが、一応は何らかのモデルはいるのだろう。

この作品を読んでいて、私は半ばくらいで投げ出そうかと思った。もちろん読みにくいからではない。栄の他の作品と同じように文章はとても読みやすい。だから私がそう思ったのは、私にとってここで描かれる人物たちへの感情移入があまりうまく行かなかったからだ。私がこうした小説を読まなくなって、どれくらいの時が過ぎたことだろう。若いときには楽しめたストリーがあまり楽しいものではないことを知ったとき、やはりさびしい。

例えば安江夫婦が見も知らぬ人の子供、音枝を育て始めるのが30年前なのだが、安江は姉さん女房で繁冶より4・5才は年上らしい。そして今安江が50くらいらしいから、ストリー的にどうしてもおかしいのだが、仮に安江が50代半ばとしても、果たしていくらお人好し夫婦として名高い安江夫妻だったとしても、どうも現実感がわかないのだ。特に音枝の実父はかなりの金持ちみたいだし、音枝をつれてきた兵六にしてもそれなりにうまくやっている。時代は大正初期か昭和はじめと思えるが、自分たちが食うや食わずの毎日を送っていた安江夫妻が果たしてそう簡単に引き受けるのか。この作品には時代背景はあまりかかれていない。だから戦争をはさんでの生活の変遷というものに、さっぱり現実の匂いがしないのだ。

安江はまだこのときは作家ではないが、繁冶は一応何かの編集の仕事をしているらしい。妹の子供である冬太郎を育てるのだけは、まあ納得できないことはないが、他の同居人が一緒に暮らすことになったきっかけというものが、ほとんど私の理解を超えている。もちろんそれぞれ1つだけだったら、そんなに不思議とは思わないのだが、最初から最後までお人よしを演じる人物たちがよく分からない。モデルとしては、作者のの祖父母があるらしいが、田舎で商売を営んでいて、しかも6人の実子の他に何人かの奉公人や2人の孤児と暮らした祖父母の例とはどうしても違うと思うのだが。東京の真中でこんなにもお人よしの夫婦がいて、しかも子供たちはそんな苦労もしていないらしい。少し意地悪い見方だとは思うが、これは童話なのか?

私自身の読書の好みが、こうしたものから徐々に離れていったということもあるのだろうが、読み終わってもあまり心動かされぬ自分が少し寂しかった。多分おおらかな気分をなくしてしまったのだろう。しかし私はその昔、彼女の何に感動したのだろう?

2000-1-29 



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