マイクル・コーディ イエスの遺伝子


 

*マイクル・コーディ 内田昌之訳 イエスの遺伝子 徳間書店 1998年3月31日発行

物語の舞台は2002年であるから、近未来小説である。現在の科学情報とキリスト教の救世主物語が絡み合って、なかなか面白かった。

天才遺伝学者トム・カーターは、人の遺伝子を解読することの出来るジーンスコープと呼ばれる装置を作り上げていた。もちろん遺伝子治療もすでに広範に利用されている。ヒトゲノムの解読がもうすぐ90%位になるというようなニュースを最近聞いたような気がするが、この本では既にそれより1歩進んだ世界が実現しているわけだ。

さらにDNAから、その人物の立体的イメージを与えてくれる装置もある。髪の毛1本あれば、その人がどんな人であるかが、立体的な裸像として浮かび上がってくるというわけだ。どうやらそのとき取られた状況に応じてイメージが出来るらしいから、若いときのDNAさえあれば、過去の自分に会うことも可能なわけだ。

物語では既に10億単位の人々のDNAが、世界各地の病院や研究所に保管されているということになっている。クローン人間が出現し、あらゆる人間の性質や病気・寿命などが一瞬にして分かる世界というのはどういうものだろうか。もしかしたら私たちは地球を他の存在に譲り渡す準備をしているというSFの悪夢が実現するかもしれない。

こうした時代を背景に、難病に冒された少女を救おうとする父親カーターの物語を縦軸に、そうした科学技術を神への冒涜と考える暗殺者、及び予言通り救世主の到来を待ちわびる謎の秘密宗教結社などを横糸に物語は展開する。

物語はカーターのノーベル賞受賞の夜から始まる。しかしその夜カーターは暗殺者によって自分の身代わりとして妻を殺される。そして妻の検死の際の遺伝子解析によって、妻が不治の脳腫瘍に侵されていたこと、さらには娘のホーリーも遺伝子の欠陥により、同種の難病を1年以内に発病し、そうなれば現在の遺伝子治療でも治すことは出来ず、短期間に死亡する可能性が高いという結果が出る。娘の未来を救うべく、あらゆる努力をするカーター。

彼の考えではあと5年もすれば、こうした難病の治療も出来るようになるのだが、現在の遺伝子治療はまだそこまではいっていないらしい。必死の願いもむなしくホーリーは発病する。このへんを読んでいると、多分将来も不可能だとは思うが、遺伝子治解析で私たちの具体的な運命が分かるようになると、人間の運命とか自由意志はなんだろうとつい考えてしまう。これは生半可な宿命論とか、必然主義とか言うものではない。数ヶ月先に自分が確実に死ぬと言うことが分かるような時代。もちろん現在では不治とされる多くの病気も克服されているのだから、一般的には幸福な時代といえるのだが、そうした時代の人生観・人間観はどんなものになっているのだろう。

娘の命を救うために、無神論者カーターは奇想天外な考えを思い付く。というのは奇跡を引き起こしたキリストの遺伝子を発見し、それをホーリーの治療に利用しようという訳なのだが、当然キリストの遺伝子が簡単に手にはいるはずはない。あらゆる奇跡が行われた場所やら人を訪ね、多くのDNAを集め、実験を続けるカーター。私から見れば、最初から不可能だと思うのだが、そこはアメリカの小説である。多分こうした願望というものは、案外キリスト教世界の底流にはあるのかもしれない。

そしてホーリーの病気の進行と共に次第に絶望していくカーターに、思いがけないところから救いの手が現れる。なんと南ヨルダンの砂漠の地下深くに2000年間もの間、キリストの遺体を保存しながら、新しい救世主の出現を待ちわびてい秘密組織が有った。彼らこそ最初カーターを暗殺しようとした組織であった。彼等ブラザーフッドのメンバーは、現実の世界では各分野のリーダーでありながら、同時に救世主復活の時に備え、2000年もの間忍耐強く待ちつづけた裏の組織というわけである。ここでもまた地下深くに世間からは隔離され大伽藍が存在することになっている。

彼等は神聖なる炎の火を守り、遂に2000年間で初めてその聖なる炎が新救世主の出現を告げた。メンバーたちはそのとき以来救世主を捜しているのだが、30数年後の現在でもまだ誰が救世主なのかわからない。そこで彼らも、イエスと同じ遺伝子を持つの人物は誰かをカーターに依頼する。いわば本来なら敵同士である両者が、一時的に手を握るわけだ。

最新科学と、昔風の秘密結社。そしてキリストとおなじ遺伝子を持つ美しい女暗殺者。さらにはイエスの遺伝子の予想外の働き。すべての病気を克服したとき人類は幸福になれるのか?すべての人が最悪の事故に遭わなければ、600年間はいきることの出来るという世界は果たして幸せなのか?

結局カーターは自分と世界中で信頼できると考える12人に限って、ナザレ遺伝子の血清を注入する。いわば新しい神とその弟子たちというわけだ。だが滅びたはずの秘密結社は、新しい指導者の下にまた新しい救世主を捜し始める。

原書の発売は1997年9月に発売され、出版前の1996年からものすごい評判であったらしい。さらにこの作品は無名の新人の処女長編であるというから驚く。ディズニーが映画化の版権を獲得しているが、これも既に映画化されたのかどうかは分からない。

2000-1-18



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