幻の作品


 

Atlantic Monthlyの2000年1月号に、ユートピアについてのかなり面白い論文が載っている。その中で過去の5つのユートピア論が紹介されている。プラトンの「共和国」、トーマス・モアの「ユートピア」、それに逆ユートピアとしてのA.ハックスレーの「華麗なる世界」、G.オーウェルの「1984年」などである。私もこれらはよく知っている。トーマス・モアとオーウェルの作品は読んだこともある。

しかしあと1冊が全然聞いたことの無い作品だった。Edward BellamyのLooking Backwardという作品である。私は最近では見知らぬ作家や作品にであったときはGutenbergを訪れることにしている。幸いこの作品は収録されていた。さっそくダウンしてみた。なんと2000年の世界(と言うことはまさに今年)から過去の世界(1887年の)世界を振り返ると言う設定になっているらしい。これを読むかどうかは分からないが、こんなにしてどんどんGutenbergでダウンした作品の数が増えて行く。ハドソンの「緑の館」Green Manshionsも今では私のHD内におさまっている。

しかしGutenbergに収録されている作品を見るとき、私はいかに自分が海外の本を読んでいないかを思い知らされる。最終的には2001年の12月までに10000作品の古典をe-text化しようとするこの壮大な試みは、既に2000作品が提供されている。初期の目標よりは少し歩みが遅いかもしれないが、それにしてもここでしか手に入らないような作品も数多い。特に私にとっては現在ではまずここにあるかどうかを確認する。そしてもし収録されていれば、一応ダウンロードして見る。

作者によっては代表作のほとんどがここで読める。バルザック、バロー、ロンドン、プラトンチェーホフなどはほぼ全集に近いのではなかろうか。日本関係では岡倉天心の「茶の本」があるし、日本文化論としては、Percival Lowell と言う人のThe Soul of the Far Eastが収められている。私が期待していた鈴木大拙はまだ収められていないらしい。

Gutenbergの収録作品を見るたびに感じることは、ここでは日本に紹介された海外の作品とは違った傾向があるということだ。考えて見れば当たり前のことだが、アメリカ人にとって有名な作品が必ずしも日本でも有名だとは限らない.特に古典の分野においてはこうした傾向が著しいのかもしれない。だから専門家は別として、海外の作品を比較的読んでいるような人にとって、全然聞いたことの無いような人の作品が数多く収録されているということもありうる。プリントアウトしたここの70ページ以上のリストを眺めているだけでも膨大な知識の森をさまよっているみたいで楽しくなってくる。個人で図書館を持っているようなものだ。

日本版の青空文庫も最近ますます充実しているが、やはりまだまだGutenbergの方が充実している。私は時々思い出したように訪れるだけだし、それに必ずしも探している作品がいつもあるとは限らないが、時々思いがけない出会いがここでは待っていることがある。

今回もそうだった。リストを眺めていると1999年10月に登録された作品の中にナタリエル・ホーソンのThe Great Stone Face, et. al.という作品を見つけた。私にとってこの作品こそ幻の作品だった。

ストリーは案外有名なのではないかと思う。それに昔は日本でもかなり愛読者が多かった作品ではないかと思う。私が最初にこの物語のあらすじみたいなものに触れたのはいつのころだったのか、今では覚えていない。とにかくそのあらすじだけは早くから知っていた。そしてその作者がホーソンであるらしいこともやがて知った。高校用の教科書かリライト版かあるいは短縮版の読み物でその一部をやさしい英文で読んだ事もある。しかしオリジナル版は手に入らなかった。そうした思いをもつ作品だからタイトルを見た時には興奮した。

さっそく読んで見た。作品自体は短いし1882年に発行された4つの作品を収めた短編集の中の1篇である。そしてこの作品はA4でプリントすると17ペーにしかならないから、簡単に読めた。かつて読んだ英文と比べて原文が少し難しい表現を使っているのだろうが、今ではその違いはよく分からなかった。ただし過去を懐かしく思ってか、楽しく読めたことはたしかである。

幻の作品は幻のままにして置くのがいいのかもしれない。その昔感動したからと言って、時間が経って読んだら、案外失望するのかもしれない。しかし私にとってはもう幻の作品はほとんど無い。「シェークスピア物語」を書いたCharles Lambの小説など、まだ幾つか残っているのだが、それらはそんなに強い執着があるわけではない。だから少しさびしい気もする。

さしあたりはこの短編集に収められた他の作品を読んで見ることにしよう。

2000-1-10



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